最近一定の状況下に置いて動悸がするとマユリ様に報告したところ、マユリ様は私の胸部を開かれた。別段、おかしな点はないと言う。しかし事実私の鼓動は高鳴るのだが、マユリ様が仰るのであれば私の白さえも黒であるのが道理である。私は口を噤んだ。
その後間も無くして、マユリ様は「丁度良い。」と私に書類を手渡された。四番隊卯ノ花隊長への極めて個人的な報告書であるからお前が届けて来い、と言う。マユリ様の「極めて個人的な」ものの類は大半が口に出来ぬような実験の報告や検査依頼であると私は知っていたので、何も問わずただ受け取り四番隊が拠点にしている医務棟へと向かった。
病室の真白い無機質な扉をからからと開けると、其処には今日もあの方が居た。十一番隊第三席の斑目様だ。十一番隊は護艇十三隊の中でも特に戦闘に特化し、其れ故かどうかは判じかねるが総じて荒っぽいので、マユリ様は毛嫌いしている。大方今日も地上で虚相手に我が身を振り返らず猛進したのだろう、想像に難くない。私は小さく斑目様に礼をしながら、後ろ手で扉を閉めた。
「卯ノ花隊長は居らっしゃいますか?」
「いや、さっきまでは居たけどよう。どっか行っちまったぜ。」
つまらなさそうに、しかし何処か安心した風に告げる斑目様に私は礼を述べ、さてどうしたものかと手の中の書類を抱き直した。
マユリ様の「極めて個人的な」ものを卯ノ花隊長に届けるのが私の現在の役目だ。書類は机上に勝手に置いていくには危険すぎる内容であろうし、私もそのように中途半端に仕事をこなすのは好きではない。私は小さく息を吐いた。これはどうやら卯ノ花隊長が帰ってくるまで待つしかないようである。仕方がないので私は近くにあった椅子を手元に取り寄せ腰をかけた。
「おめー、仕事か?」
暇なのであろう。斑目様は手元に広げた雑誌から顔を上げ、幾分文法的に謝った文章で私に問われた。
「はい。卯ノ花隊長に書類を手渡すよう、ネム様に命じられまして。」
「あいつの下でなんて、おめーも大変だなぁ。」
斑目様は大仰に言った。
マユリ様を誤解する人は多く、またその認識の殆どが正しいように思われているが、マユリ様は私を愛してくださっている。私はマユリ様の最高傑作なのだ。其の事に誇りを持ち、常に其れを忘れぬよう私は自身を戒め生きている。歪んでいると謗られることが非常に多く、忠告を受けることも多々あるが、私もまたマユリ様を愛している。
其れをどのように伝えたら信じてもらえるのかわからず、私は曖昧に微笑んだ。斑目様が「珍しいものを見たなぁ、おめー、笑えるのか!」と楽しそうに目許に皺を寄せた。
斑目様のそのような仕草を認識する度に、私の心臓は不規則に揺れ動く。やはりマユリ様にもう一度胸を開いてみてもらった方が良いのかもしれない。ぼんやりと頭の片隅で思う私に、けれど私の造られた心は其の必要性はないと囁く。私が常々妄信しているようにマユリ様は正しい。ただ、私は気付いていないだけなのだ。己の心の揺らぎに。しかし其の不確かな揺れを確かたるものにするのは、私には足りない知識であり、マユリ様以外に向けるべき興味だった。
だから未だ気付けない私は痛む胸に書類を押し当て、耳元で微かに鳴り響く鼓動を楽しむ。本来苦痛であるはずなのに心地良い其の痛みに、身を委ねる。いつか其の名を知るときが来るまで、其の無知を、私は喜んで感受する。
全てが消え去ったような真っ白な部屋の中で揺れるカーテン。窓から入り込む風に、斑目様の手の中で雑誌がかさかさと微かに音を立てていた。
初掲載 2006年5月31日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま