「全く、今年の冬は堪えまさァ。マフラーが欲しいなァ、山崎。」
白い息を赤くなった指先に吹きかけながら沖田が言った。唐突のことに、まぁコレは沖田にしてみればいつものことだったが、山崎は唖然として、同時に嫌な予感を募らせながら次の言葉を待った。
「という訳で、マフラーを作ってくだせェ。あ、色は黒で。」
一応寒いということだけは理解出来たが、という訳でも何も全くもってわからなかったし、なぜ山崎が作ることになるのだか理解に苦しむ。しかし此処で断れば何らかの報復が待っていることを山崎は経験上知っていた。
「……はいよ。」
だから、了承せざるを得なかったのだ。
山崎は男子高校生であるにも関わらず、特殊な環境に育ってきたため家事能力は基本的に高い。しかし、流石に棒編みは初めての体験だった。棒編みの棒は先が真っ直ぐで毛糸が引っかからず慣れないと編みにくい。せめて鈎針のように先端が曲がっていればなぁと思いつつ、そもそも一般的な男子高校生は編み物などしないだろうと思い至る。それも男にだなんて誰が好き好んで編もうか。
「あーーー、もう。」
頭を掻きたくなる手で編んだ毛糸を解いていく。少し前に一行足らなかったらしく、折角編んだマフラーは歪な形をしていた。もちろん、そこまで完璧なものを沖田も求めてはいないだろうが、どうせ渡すのならば少しでも良いものにしたかった。
「?山崎?」
「あ。」
どのような状況でやって来たのだろうか。そこには木製バットと購買のメニュー表を持った神楽が立っていた。わざわざ人が来ないだろうと選んだ視聴覚教室に、人がやって来るなど思わなかったため山崎は内心焦りつつも編みかけのマフラーをスポーツバックに仕舞った。もちろん動揺など表面には出さない。
「?何してるアルか?」
如何に神楽が沖田の特殊性を知っているとはいえ、流石に山崎は男のためにマフラーを編んでいますとは言えなかった。
「……、次の授業銀ぱち先生でしょ?当てられるんじゃない?予習やって来た?」
「やってないアル。」
「見せようか?」
「山崎は良い奴アルな。」
「じゃ、鞄に入ってるから見て良いよ。」
「アリガト。」
我ながら苦しい話題のすり替えだと思いつつ、それでも引っかかった神楽に二カッと笑われて、つられて山崎も笑った。こうしていれば可愛い女の子なのにと口には出さないけれど思う。
「じゃ、山崎も来るアルよ。」
「ん。わかってる。」
手を振って別れ、扉の向こうに神楽が消えたのを見送ってから大きなため息をついた。
編み始めて2週間。真剣に編んでいたこともあってマフラーは順調にその長さを伸ばしている。あと1週間後には沖田の首に巻かれているのだろう。
「長かったなぁ。」
思えばここ2週間、ラケットに全く触れていない。もはやラケットよりも手に馴染んだ編み棒に視線を移し、このマフラーが編み終わったら思う存分ミントンをしようと心に誓うのだった。
「編んでますかィ?」
皆がとうの昔に帰った部室でネクタイを締めながら沖田が山崎に尋ねてきた。巧く結べないのか、ネクタイを何度も締めては解きを繰り返している様子を視界におさめ、手伝った方が良いのかなぁと少しだけ思った。
「うん、編んでるよ。あと30分もすれば出来上がるかな。」
ホラ、と言って山崎が差し出したマフラーを沖田はまるで検分するかのようにじろじろ見ていたが、やがて興味を無くしたのかまたネクタイへと視線を移した。その沖田の様子に釈然としないものを感じつつも、いつものことだろう、というかこうでない沖田があった例があるか、と自問自答して無理やり納得する。
「まぁ、そのまま編んでくだせェ。ちょっとばかし時間を潰したら取りに来まさァ。あ、くれぐれも模様は入れねェでくだせェ。」
何故そんなことを言うのだろうと思ったが、好みの激しい沖田のことだからどうせ模様入りは好みじゃないとでも言いたかったのだろう。
「はいよ。」
そう思って、山崎は一言答えるとまた作業に戻った。
だから、沖田がネクタイに見切りをつけ部室から出て行く際に、山崎の方を振り向いてニンマリと笑ったことには気づかなかった。その手に鞄が握られていたことも。
「……出来た!」
「あ?何がだ。」
喜びも束の間、山崎はいるはずのない人物の声にびくりと肩を震わせた。夏に部活は引退したはずだしいるはずないけどでもこの声はアノ人しかありえないしていうか今受験まっしぐらなアノ人がどうしてこんな時間帯に部室なんかに
「…山崎ィ!」
「はいよ!!」
振り向けばそこには土方が居た。
久しぶりに見る土方は髪が少しばかり短くなっていて、山崎の知っていた頃の土方と違う気がした。雰囲気が変わったわけではないし、見た目もそれ程変わっていない。だが、唯、別の人なのではないかと思った。
「てめぇ、山崎。呼んでんのに返事しねぇたぁ良い度胸だなぁ。いつからそんなに偉くなったんだ、あぁ?」
不機嫌そうに口に咥えた煙草を上下に動かしながら話す土方に、漸く本物なのだと実感が沸いて、山崎がニヘラと笑うと笑ってんじゃねぇと頭を叩かれた。それすらも嬉しい自分に、末期かもしれないきっと自分は土方先輩中毒なんだとどうしようもない感情が込み上げてくる。
「で、何が出来たんだ。」
「あ、えと、その。」
話したくなくてどもる山崎に、聞き出すことを諦めたのか土方がソレを寄越せとばかりに顎をしゃくった。そうなってしまっては仕方がないので、諦めて大人しく渡す。
「……ふーん。…良く出来てんじゃねぇか。」
絶対馬鹿にされると思っていたため、予想外の言葉に思わず土方の顔を仰ぎ見た。
「で、コレを俺は貰って良いんだな?」
「へ?」
我ながら随分間抜けな声が出たなぁと現実逃避に陥りつつも、先程の聞き捨てならない言葉をもう一度聞こうとおずおずと尋ねた。
「ひ、土方先輩。」
「あ?」
「今、何て……?」
聞き間違えだったら良いのにと思いつつも、固唾を呑んで土方の返答を待った。
「あ?貰って良いんだろ、コレ。総悟の奴が『山崎は土方先輩に渡す勇気がちぃとばかり足りねぇみてぇなんで、自分で取りに行っておいでなせェ。』っつってたぞ。」
「はあ?!」
そこに至って漸く山崎は自分が諮られたことに気が付いた。色の指定はその人物のイメージカラーで作らせるため、模様を入れないのは本来あげる予定だった人物を特定させないため、後に取りに来るというのは土方に取りに来させるためだったのだ。
「?何だか良くわからねぇが、兎も角こいつは俺が貰うからな。」
「え、でも。」
反論の余地もなく土方の首に巻かれていくマフラーに、もう少し人の気持ちも考えてくれれば良いのにと切なくなって少しばかり泣きそうになりながらも、同時に嬉しさが込み上げて来て山崎は下を向いた。
その人のイメージカラーで、その人に直接渡す勇気のないマフラーを編み、渡す時は二人きりで。コレではまるで愛の告白みたいだと思って、意趣返しのつもりで山崎は土方に告げた。
「まるで、告白みたいですね。」
初掲載 2004年9月4日
改訂 2007年9月13日