「沖田さん、生きてますかー?」
呆れと心配の混じった声は、どうやら庭側から投げかけられているらしい。
微かに感じた影にその人物から見下ろされている事実を認識しつつ、沖田は縁側の床に顔面をへばりつかせ仰向けに寝転んだまま、返答をした。
「どこをどう見たら生きているように見えるってんだ。山崎、お前さんの目は節穴かイ?俺は当然死んでらア。」
「こうやって話せるのに?」
沖田の言葉にとうとう山崎の声から心配は消え去り、まじりっけなしの呆れのみになってしまった。
自分の返事がまずかったことはわかっているが、何となく山崎のその声色に、沖田は自覚なしに拗ねた。思わず怒ったような声が漏れ出る。
「だって、返事してやらなきゃ、お前さんはいつまでたっても俺のことを心配するじゃねえか。」
「…。沖田さんは優しいんですね。」
「当たり前だろ。」
沖田は首を動かして、見下ろしてくる山崎を見上げた。
肩に担がれたミントンラケットははたして非番だからなのか、あるいは実は勤務中なのか。
後ろには空っぽの洗濯物籠と竿いっぱいに干された洗濯物が見えるから、非番なのかもしれない。どちらにせよ、白昼堂々サボっている沖田に、山崎に対して言えることなど何もなかった。
密着した頬を伝って感じる床の冷たさに心地よさを感じながら、沖田は言った。
「お前さんが知らなかっただけで、俺はいつだってずっと優しかったよ。」
何を思ったのか山崎は力なく笑い、倒れこんだままの沖田の隣に腰を下ろした。
「優しいのはわかりましたから、心配させないでくださいね。」
「…ほんとはわかってねえくせに。」
春の日差しは真綿で包むようにどこまでも柔らかく暖かい。
(こうやって人は、首絞められてんのにも気付かないで死ぬのかよ。)
つらつらと見当違いなことを考えているうちに、沖田は眠くなって来た。
隣では山崎が沖田の髪を梳きながら、目を細め、何処かを見詰めている。
その視線の先には何があるのか。沖田はぼんやりと視線を投げかけてみたが、あまりに眠過ぎて映像は映像として意味を成さなかった。
(見えなくたって、…どうせ。)
どうせ沖田や山崎の纏う隊服を着たヘビースモーカーがいるに決まってる。
(せめて今…だけは、俺を、…見てくれよ。)
眠気で緩んだ腕で、沖田は山崎の萌葱の着物の裾を力なく引いた。
沖田の想いに応えるように、山崎がゆっくりと、頭を撫でるようにして髪を梳く。
「沖田さんが優しいのは、俺も副長も局長もわかってますから。沖田さんも心配させないで。もっとほうれん草とかレバーとか好き嫌いせず食べてくださいよ。皿の端に避けたりしないで。昨日だって残してたでしょ」
「…あんなん…、…人間の食いもんじゃねえ。」
「だから貧血で倒れるんですって。」
(…眠…ィ。)
山崎の小言に沖田は起き続ける努力を自主的に放棄し、あっさり意識を手放した。
「沖田さん、聞いてますか?…もう、―――おやすみなさい。」
絶対に言わないけれど。
本当はもう少し、その優しい指の感触を堪能していたかった。
初掲載 2006年12月13日