天人が来てからというもの、江戸は異常な急発展を遂げ、その弊害で犯罪が増え、沖田たち真選組の仕事も増えた。勿論、それだけというわけでもなく、良い面も多々ある。例えば、沖田が土方を茶化したり攻撃したりする手段や武器が格段に増えたのが、それだった。
その日、沖田は市で怪しい薬を手に入れた。
沖田はその薬を売っていた、いかにも怪しそうな、一見白髪に見えないこともない白銀をしたモジャモジャの天然パーマの露天商をどこかで見た気もした。だが、沖田は別に記憶力が監察方の山崎のように良いわけでもなく、神楽のような興味がある対象しか覚えたいとは思わなかったので、その露天商が何者であるかさして気に留めなかった。なので、興味がある薬だけ買った。
結論から言えば、事故だった。決して本意ではなかった。
沖田としては失敗したけれど成功した事態に舌打ちをしたい気分であったし、全ては土方のせいなのだと罪を擦り付けたかった。実際、沖田は舌打ちもしたし、土方のせいなのだと陰口を叩きもしたが。それでも流石に巻き込まれた形の、けれど巻き込まれるにはあまりに妥当といえば妥当な線の山崎に同情しないこともなかったので、沖田は素直に謝った。山崎に対しては。
これまた結論から言えば、山崎は薬を飲んで女になっていた。
どうして土方ではなく山崎が薬を飲むことになったのか、薬を仕込んだ沖田には見当がつくようでつかなかった。薬を仕込んだのは、土方の部屋にあった煙草である。それにもかかわらず山崎が代わりに被害を受けたということは、結論から言えば二人がそういう関係だからなのだろうが、しかし結局のところ何故山崎が煙草を吸うに至ったのか沖田には見当がつかなかった。だが、一歩間違えば知りたくもない上司と部下のあれやこれを耳にする気がして、さしもの沖田も、流石に事の次第を尋ねる勇気はなかった。
今現在、土方は例のいかにも怪しそうな、一見白髪に見えないこともない白銀をしたモジャモジャの天然パーマの露天商を探しに町に出ている。土方が大して焦った様子もない事実に沖田は意外性を感じたが、土方も思うところがあったのだろう、とだけ考えるに留まる。それ以上理由を探ると、やはり知りたくもないあれやこれに至りそうで、沖田は小さく身震いをした。
さて、その事態の原因である沖田はといえば、今はのうのうと山崎と遊んでいるところである。折角山崎が女になったのだから、女相手に出来ることは出来るだけしたいと沖田は思った。
「山崎。アレやろうぜ、アレ。あぁれえぇぇってヤツ。」
「帯解きですか?お代官さまあぁって。」
「そうそう。流石山崎、どっかのぼんくら上司とは違って話がわかるじゃねえか。」
一通りのことを、沖田と山崎は年若いの男二人ということもあって、ゲラゲラ笑いながらした。事が事でなかったら、それはおそらく若干煩いが微笑ましいだけの、高校生のやり取りに見えただろう。
「山崎、お前さん、このまま女でいた方がいいんじゃねえか?」
山崎は沖田に負けず劣らず事態を面白がって、監察方の衣裳部屋から引っ張り出してきた藤の着物を纏っている。密偵の腕前披露か、メイクを施した顔はとても普段の山崎からは想像も出来ない美人だ。そんな、一見だけなら艶やかでありつつも楚々とした若妻に見えないこともない山崎の膝枕に頭を預けて、沖田は言った。
「そうですか?」
「あの目付きの悪いマヨラーも喜ぶんじゃねえの?」
「そうですねえ。」
アイマスクをつけているため、沖田からは山崎の顔は窺えない。しかし声は恐ろしいほど優しく、同時に物凄く楽しそうだった。
「そうかもしれませんねえ。」
「あーあ。お前さんも折角女なんだし、あんなのと一緒に居なけりゃ、オレが攫って行ったのによう。」
「またまた冗談を。沖田さんは神楽ちゃんしか見てないじゃないですか。」
「まあまあ。浮気だっていいもんですぜ?どうだい、これを機に。」
「土方さんと神楽ちゃんにそれこそ殺されちゃいますよ。」
山崎がくすくす笑い、つられて沖田も笑った。沖田は本心からの誘いではないし、山崎もそれをわかった上で沖田をからかい返している。
「そうだ山崎、遊んでくれた礼にこれをやらあ。釣はいらねえ、取っときな。」
ガサゴソとポケットから取り出した紙袋を手渡して、沖田は立ち上がった。後ろで呆れたように、けれど隠しきれない笑いを滲ませて山崎が小言を洩らす。
「解毒剤持ってたんだったら、もっと早く渡してくださいって。別に楽しかったからいいですけど。」
まるで俺のかあちゃんみてえだ、と沖田が思ったことを幸か不幸か山崎は知らない。
それから何があったのか。結論から言えば、山崎が解毒剤を飲んで男に戻ったのは1週間後のことだった。
わかりたくなくとも大体のところは察することの出来る理由を尋ねれば、知りたくもないあれやこれを惚気混じりに語られそうで、沖田は今のところ訊いていない。だが、沖田と山崎が交わした他愛もない会話が理由の一端を握っていることは確かなようだ。
大いに事態を楽しんだようなのだから、感謝を示し土下座をして、金でも払えと沖田は土方に言いたい。ついでに一発殴られろ、と言いたい。言う前に殴ったら、土方に追いかけられたが。勿論沖田は逃げたが。
(俺が一番楽しんでしかるべき事態を、何でお前さんが一番満喫しちまってるんでィ!)
ちなみに、例のいかにも怪しそうな、一見白髪に見えないこともない白銀をしたモジャモジャの天然パーマの露天商は、結局どれだけ探しても見付からなかったそうである。
「旦那、ここで商売止めた方がいいですよ。そのうち副長が来てしょっ引かれますから。」
初掲載 2004年11月17日