局長の恋愛事情


 「おかしいですよ。観察とはいえ、何で俺がこんなこと。」
 「そんなこと言ったって、全然説得力がないぜィ。山崎。似合ってんだから。」
 沖田の言葉に、山崎は眉間の皺を深め、思わず上官だということも忘れて睨み付けた。
 しかし、潤んだ瞳とマスカラという格好も相まって、誘惑しているようにしか見えない。
 その考えを肯定するかのように、唇に塗ったグロスが艶やかに煌いた。
 「誘ってんですかィ?」
 沖田が何を考えているのか読めないいつもの笑みを浮かべながら、山崎の手を取り顔を近付けた。
 驚いた山崎は肩を震わせ、その際に彼の身に纏ったスカートの裾が円を描くようにして翻った。
 「何してやがる、総悟。」
 その時障子が開き、不機嫌極まりないといった感じの土方の声がした。
 「何でィ、居たんですかィ、土方さん。さっさとくたばってりゃ良いのによォ。」
 悪態をつきながら、しぶしぶといった感じで沖田は山崎の手を手放した。
 「うるせぇ。てめぇのせいで死に掛けたじゃねぇか!」
 また先程襲撃でも受けたのか、土方は全体的に煤けて汚れていた。
 口に咥えた煙草などは半分以上炭化しており、煙草としての役目を明らかにしていなかった。
 それでも咥えて離さないのは真選組が安月給だからか、それともヘビィスモーカーとしての性か。
 「副長。俺キャバクラに行きたくないでんですけど。」
 絶対聞き入れてはくれないだろうと思いつつ、それでも山崎は土方に意見した。
 土方は山崎の姿を一見し、そして何事もなかったかのように再び障子を閉めると、走り出した。
 「ってちょっと俺の意見聞いてくださいよ!」
 山崎も慌てて後を追いかける。
 「あ?何だ、テメェ山崎か。」
 他に誰が居るんですかと言いそうになって、土方の耳が微かに赤くなっていることに気が付いた。
 沖田と女が睦言でも語っているところに、自身が押し入ってしまったとでも思っていたのだろうか。
 「そうですよ。土方さんも何か言ってください。俺、キャバクラに潜入調査無理ですよ!」
 確かにこの前のかまっ娘倶楽部への潜入調査を実行したのは山崎だった。
 しかし、だからといって今回も自分がしなければならない理由などない。
 ましてや天人ヤクザの経営する、
 「お前、その格好はどうした。」
 「……セーラー服です。」
 「…………。」
 「…………………。」
 イメクラに潜入調査は嫌だった。
 土方は山崎の返答に困ったらしく、既に炭化して意味を成さない煙草をふかした。額には汗が浮かんでいる。
 山崎はじっとその様子を見つめていた。
 「あー…。」
 土方は何かを言わねば、と義務感から唇を動かしたが、それが言葉を為す事はなかった。
 「全く、土方さんは気の利いた台詞も思い浮かばねェんですかィ?この愚鈍野郎が。」
 のんびり歩いて後を追ってきた沖田が、土方へと暴言を吐いてから山崎に匕首を渡した。
 「貞操を奪われそうになったら、コレでそいつのアレをちょん切ってやるんだぜィ。」
 「そんな貞操の危機にあうようなところにそもそも行きたくないですよ…。」
 半泣きで訴えたが、山崎は半ば諦めていた。
 自分は結局はいつも損な役回りなんだ。これはもう避けられない道なんだ。どうせ上からの御達しだし、俺みたいな下級役人なんて。
 走馬灯のように文句が頭の中を駆け巡っていく。
 「山崎、コレはしょうがねェんだぜィ。近藤さんの大好きなあの女のピンチなんだからよゥ。」
 妙は天人に惚れられしつこく言い寄られていたが、先日それをはっきりと鳩尾にアッパー付で断った。
 それを怨んだ天人が自身の組の者に言い付け、妙をイメクラに売ろうとしているらしい。
 イメクラ先は貧しい星の女性が人身売買されているという情報が以前から入っており、そのため近藤と妙のために真選組が乗り出すことが出来た。
 お妙さんが連れ攫われる前に!と近藤は恐ろしい形相で鼻水を垂らして山崎に泣きついてきた。
 その思いには応えたい。
 花見以降、新八や妙とは付き合いもあった。
 彼らのためにも何かしたいし、女性の危機に助けに行かぬのは男が廃ると思いはするが。
 だが、この格好で助けには行きたくない。
 「土方さん!」
 土方は少し迷ったようだったが、何かを自身の中で決意したようで、また意味の無い煙草をふかして言った。
 「局長のためだ。我慢しろ。」
 山崎は項垂れたがそれで取り止めるような者達でもなく、結局潜入調査を余儀なくされたのだった。











初掲載 2005年1月8日