坂田は二度死ぬ


 11月11日のことである。
 「今日、ポッキリの日なんだな。」
 ぽつりと、テレビを見ながら銀時は呟いた。肌寒さが増してきた縁側で、愛する弟が持ってきた芋が焼けるのを眺めていたお妙は、そんな銀時に一瞥をくれた。
 「何、馬鹿なこと言ってるんですか。またどうしようもないことでも考えているんでしょう。新ちゃんに変なこと吹き込まないでくださいね、銀さん。」
 そう姉が言えば、弟も同調を示す。
 「大体、銀さんは糖尿病寸前じゃないですか。甘いものなんてなるべく採らないでくださいよ。この前もお医者さんに止められてたでしょう?」
 「うっせーな、良いんだよ!別腹なんだよ!お前らにはこのロマンスがわかんねーのか!」
 「わかるはずがないでしょーが。」
 再び向けられた、しかし、確実に先ほどよりも冷たい一瞥に、銀時はうっと声を詰まらせてから、視線を逸らした。
 そんな中、神楽はといえば、背後でのやり取りにも加わらず、炎の中の芋を木の棒で突いていた。焼き芋など、初めての経験だ。加えて、今焼いているのは、神楽が仕事で掘り出してきた芋たちである。美味くなれ美味くなれとまじないのように繰り返しながら、神楽は芋を検め続けた。
 一方、隣の神楽とは異なり、もはや日常と化している銀時たちの漫才に興味を示したのが、九兵衛だった。九兵衛は芋から顔を上げると、背後の三人へ問いを投げかけた。
 「…その、話題になっている最中悪いが、…ポッキリとは何だ?」
 最近、九兵衛も、お妙との親交の復活でハーゲンダッツの存在は覚えた。しかし、元来、既製品とは縁がない金持ちである。どれだけテレビでCMが流れようと、記念日が出来ようと、お妙と稽古の二択の人生を歩んできた九兵衛は、庶民の菓子であるポッキリを知らなかった。
 その発言を聞いて、銀時が喜色満面になった。
 「え、マジで?知らないの?本当に?じゃあ、俺がじきじきに教え」
 「…銀さん?」
 その下心ありありの満面の笑みに、にこりと花のような笑みをこぼし、お妙が銀時を振り仰いだ。
 「九ちゃんに変なことしやがったら、その股間のセンサー、一生使いもんにならなくしてやりますよ?うふっ。」
 そのときの顔をはたしてどこから覗いていたのか、某ストーカーは、さすがはお妙さんさながら菩薩の如き慈愛に満ちて結婚してください、と語った。お妙が九兵衛を大事にしているのは、知らぬもののない自明の理だった。そのストーカーの証言に対して、某万屋は、阿修羅の如き憤怒だよありゃ、と鳥肌の浮いた二の腕を摩りながら答えた。
 お妙のそんな顔を窺い知ることのなかった九兵衛は小首を傾げ、縁側を境に時間軸が捻じ曲げられたとしか解釈しようのない現象に襲われている三者に再び尋ね直した。
 「それで、結局、ポッキリとは何なんだ?」
 「もう、九ちゃんたら。男は狼なんだから、そんなこと、迂闊に訊いちゃ駄目よ?」
 たしなめる口調で咎めれば、睫を瞬かせ訝る九兵衛に、これは説明した方が良いだろうと考え、お妙は続けた。もっともここで言わずとも、あの風俗に異様に精通している主馬鹿の某四天王筆頭が、九兵衛にあれやこれやと心配しながら説明するだろうが、お妙は、その説明はあまりに風俗に偏りすぎた代物であろうと判断したのだった。
 「良いこと、九ちゃん?ポッキリはスティックタイプの菓子なの。その両端を男女が咥えて、どこまで食べ続けられるかを競うゲームがあるのよ。ポッキリゲームっていうんだけど…だから、今日、男の人の前でふらふらそんなことを訊いて回ったら、銀さんみたいなのにキスされちゃうわよ?男ってみんなそう。下心ありありで、どうしようもないんですからね。それに、銀さんとなんて…九ちゃんも虫歯が移ったら嫌でしょう?」
 「ちょっと待てええええええ!全国の甘いもの好きのみなさんに謝れ!何だその偏見!俺、虫歯、ないですからあああああ!」
 気色ばむ銀時の顔面を殴りつけて黙らせてから、お妙は再び九兵衛を見やり、僅かに目を見開いた。九兵衛は考え込むように顎に手を沿え、しばし間を置いてから首を傾げた。
 「それは、つまり、キスがしたいからゲームをするのか?」
 「そうよ。ポッキリゲームの目的の九割はそれよ。」
 「…なんだ、そんなことなのか。考え込んで損をした。何故、直接キスをしないんだ。」
 「何故って…。それは、へたれだからじゃないかしら?」
 ちらっと倒れ伏す弟の上司に胡乱な視線を投げかけ、お妙は生返事をした。お妙は、今まで、この親友が天然を発揮する様を見てきた。そのためだろうか。何となく、今回も嫌な予感がした。
 案の定、九兵衛は言った。
 「そんなことなのか。キスごとき、受けてたつぞ。僕は男だ。虫歯なんて怖くない。」
 明らかに論点も観点もずれている九兵衛の問題発言に、突っ伏していた銀時が起き上がった。
 「マジで?!」
 「ああ。」
 「本当に?あのさ、マジで土壇場でキャンセルはなしな?クーリングオフとか効かないからな?っていうか、これ、夢オチとかじゃねえだろうな作者ああああああ?!」
 「…君は一体誰に対して問いかけているんだ?」
 その呆れ返った様子に、確言を翻されては困る、と、銀時はらしくない真剣な顔つきで、つかつかと九兵衛の元へ歩み寄った。背後で小さく、お妙が諦め交じりの嘆息をした。
 「もう、九ちゃんったら…知らないわよ、私。ちゃんと止めましたからね。」
 さすがに決意が鈍ってきたのか、近づいた銀時の視線の先で、僅かに九兵衛の睫が揺れた。不安、だろうか。心細そうに逸らされた視線に、銀時は思わず生唾を飲んだ。
 うわ、マジやべえ。可愛いんですけど!何これ、なあ、マジ何これ、こんなのもらっちゃってマジ良いの俺?!
 赤く色付いた形の良い唇に、馬鹿みたいに高鳴る胸を押さえ、銀時は新八を振り返った。銀時同様、新八も驚愕を表していた。そして、その目は、銀さんさすがに犯罪ですよそれ、と非難していたが、銀時はそれには気づかなかったことにした。こうして人間誰しも欲に溺れては、見て見ぬ振り、を覚えるのである。
 どーすんのよ、これ?俺に火がついちゃったよ?!なんなのこのお姫様、天然にもほどがあるだろっつーの!!
 衆目があろうとなかろうと関係ない。今このとき、銀時は、男としてやり遂げたのだ。誰よりもポッキリの日を満喫したのだ。銀時は世界中に声を大にして宣言したかった。俺はやったぜ!今日ばかりは俺こそが成功者だ!その感慨に浸る間すら惜しみ、銀時はキスをするため、九兵衛の肩に掌を置いた。
 そして、飛んだ。
 「だから、ちゃんと私は、銀さんを、止めてあげたのに…男って馬鹿ねえ。いいこと、新ちゃん。新ちゃんはあんな馬鹿な大人にはなっちゃ駄目ですからね。」
 「わかってます、姉上。僕は絶対、万年金欠の胡散臭い男にだけはなりません。」
 ドサッと重い音が庭に響き渡り、次いで、ばさばさと鳥の羽音が続いた。神楽はそんな周囲の喧騒を一切気にせず、試しに焼き芋に枝を刺してみた。
 「あ、焼けたアル!」
 そうして、今日も、志村邸の日常は過ぎていくのである。











初掲載 2008年11月11日
正式掲載 2009年2月15日