就職戦線異状あり!   空手小公子パラレル


 「すげえなぁ、クーさん。」
 周囲の言葉に、男は聞き苦しい笑い声を立てた。
 場所は、ホームレスのキャンプ地。
 着古して襟周りに垢のこびりついたダウンジャケットをまとうその男は、かつて、三大騎士の一人と謳われたこともあったが、お粗末な薪を前に焼酎を呷る姿からは威厳が損なわれている。梳かさなくなって久しい青髪は、さんざん乱れ、異臭を放っていた。
 栄誉を極めたこの男がこのような末路を辿った理由をあげればきりがないが、一つには、就職活動に失敗したことが原因だった。
 大学3年になり、武芸に一区切りつけ、就職活動に奔走した男が理解したのは、この大学に在籍していたのでは就職活動が困難であるという事実だけだった。男の学校は、筋肉馬鹿の集まるところということで有名だ。その一人である男は、見事な肉体美を備え、実力も有してはいたものの、筋肉馬鹿らしく頭の出来はそれなりだった。 なぜ、武芸一辺倒で来てしまったのだろう。歯がみするも、もう遅い。元々、幸運Eと呼ばれるほど、運に見放された男のことである。就職など、どだい無理な話だったのだろう。
 天に見放され、弱り切った男は、最後の手段に訴えた。それは――、
 「やっと見つけたぞ、ランサー。」
 背後からかけられた声に、心地よい酔いに身を任せていたランサーは振り返った。
 高そうなスーツをまとい、護衛らしき男たちを引き連れたちょび髭の男にもこの十年の歳月は等しく訪れたものと見え、なりこそ変わっているが、見間違えるはずもない。その死んだ目に、ランサーは身震いした。
 「こ…っ、言峰…っ!…さん。」
 「返済期限はとっくの昔に過ぎているのだが。」
 そうこぼしながら、懐から葉巻を出す言峰に、アーチャーが火をつける。あのアーチャーすら金で買収されたのだ。ランサーは恐怖に顔を強張らせた。
 「このままでは延滞金も貯まっていく一方だ。こうなれば、保険金で払ってもらうしかないだろう。」
 逃げようと腰を浮かせる間もなく、背後から拘束される。羽交い締めにされたランサーは、必死に逃げ出そうともがいた。この日をどれだけ恐れていたことか。
 「止めろ、止めてくれ!頼む、時間をくれ!」
 くつくつと言峰が嗤いながら、ランサーの恐怖に引きつった顔へ煙草の煙を吹きかけた。ランサーは大きく目を見開いた。
 「自害せよ、ランサー。」


 あらん限りの声で、ランサーは絶叫した。


 「あ…れ…。」
 ぼんやりとランサーは周囲を見回した。
 グラビアアイドルのポスターが貼られた壁に、厚みの欠片もない煎餅蒲団。脂汗で濡れた肌着は、安物でこそあるが、清潔だ。カーテンの隙間から差す陽光は、いつになく暖かい。
 「何だ…夢か。」
 ランサーはがしがし頭を掻いた。自分の悲鳴で起きる朝というのは、何とも、嫌なものだ。しかもその夢は、現実に起因しているというのだから、居た堪れない。
 苦虫を噛み潰した顔で、ランサーはテーブルの上へ広げられた大量の不採用通知を一瞥する。今は、まだ夢だ。だが、いつ何時あれが正夢になるかはわからない。
 「何で俺、サーヴァント大学になんて入ったんだ…このまま就職出来なかったら、俺。」
 絶望に満ちた呻き声をあげたランサーは、ふとそこで、郵便受けからはみ出している手紙に気付いた。どうせまた、不採用通知だろう。サーヴァント大学の名を出すだけで、大抵の企業は一蹴してくる。
 厳しい現実を前に、嫌々ながら重い腰を上げて、手紙を抜き取ったランサーは、中身にざっと目を通して奇声を上げた。
 有限会社イスカンダル、一次面接のお知らせ。
 一次面接。
 面接。
 苦節36社目にして、ようやく、面接に漕ぎつけられたのだ。これまで、35社では門前払いされていただけに、ランサーの喜びは言い表しようがないほど大きかった。
 「っいよっしゃああああああああああああ!!」
 これで、あんな夢とはおさらばだ。


 「…何だ、珍しいな。学食か。」
 「うるさい、我がどこで食事を取っていようと貴様には関係あるまい。」
 ギルガメッシュのそっけない態度にも慣れているアーチャーは、薄く苦笑を湛えて、正面の席へ腰を下ろした。睨みつけて来るギルガメッシュを意に介さず、理事長から得た情報を口にする。
 「聞いたぞ、まだ内定が取れていないそうだな。」
 「ふん、雑種にはわからぬ苦労が王にはあるのだ。」
 話は終わりだと言わんばかりに、カレーを口に運ぶギルガメッシュを、アーチャーは不思議そうに眺めた。
 尊大なギルガメッシュは、被雇用に向いていない。椅子に踏ん反り返って、指示でも出している方が性に合っている。実際、世界屈指のアトラクションを経営し、莫大な利益をあげているはずだ。わざわざ余所に被雇用を求める理由がわからない。
 「何故、そうまでして就職したがる。金に困っているわけではないだろう。理事長も困っていたぞ。」
 「…貴様も、我に時臣の忠言するとおり、どこの馬の骨とも知れぬ輩と見合いをして結婚しろと申すか。我の嫁はセイバーと決まっている!」
 アーチャーは見咎められない程度に微笑んだ。どうやら、理事長はアプローチを間違えたらしい。ギルガメッシュを思っての見合い話なのだろうが、この傲慢で同性愛嗜好にある王が、薦められた男と結婚するはずがない。
 「早く就職先が決まると良いな。」
 おそらく、ギルガメッシュは理事長を見返したい一心で、就職活動に臨んでいるのだろう。そう見当をつけながら慰めるアーチャーを、ギルガメッシュが鼻で嗤った。
 「はっ、貴様に言われるまでもない。それに、次の会社は確実だ。」
 「どこか訊いても?」
 「有限会社イスカンダル…映像関係の制作系の会社とかいう話だったが、良く知らん。」
 差し出された一次面接の案内文に目を走らせながら、アーチャーは首を捻った。有限会社イスカンダル。聞いたことのない名だ。何となく嫌な予感を覚え、アーチャーはギルガメッシュを一瞥した。
 流石のギルガメッシュも、数十社の門前払いを食らい続けていただけに、どこか嬉しそうだ。いつも張り詰めた雰囲気が和らいでいる。
 この会社を止めるよう忠告すべきか、否か。
 アーチャーは煩悶した末に、口を噤むことにした。単なる杞憂で済むかもしれないし、この傲岸不遜な王が、アーチャーごときの進言に耳を貸すとも思えない。
 「気をつけて行って来るんだぞ。」
 アーチャーの台詞に、ギルガメッシュが嫣然と微笑んだ。
 「言われるまでもないわ。」


 やべえ。
 有限会社イスカンダルの扉を開き、一歩中へ足を踏み込んだ瞬間、ランサーは己の選択を後悔した。
 扉を開けた格闘選手と見紛うほど筋肉隆々の大男に、何となく見覚えがあったのだが、それが何なのかわからないまま、社内に足を踏み入れた自分が呪わしい。その時点で、踵を返していれば良かったのだ。
 どこで見覚えがあるのか。その疑問も、壁に貼り付けられた大部分が肌色で占められたポスターを見た瞬間、見事に氷解した。レンタルビデオショップのAVコーナーで見た覚えがあったのだ。
 つまり、有限会社イスカンダルとは、AV制作会社。
 だが、ランサーは営業の面接に来ているのだ。男優にされてしまい、親に顔向け出来ないような展開になる危険性は、少ない、と思いたい。ライダーと名乗る大男に舐めるような視線を向けられて、ランサーの額に脂汗が滲んだ。ライダーが唸る。
 「ほう、締まった良い体をしておる。流石は、かの有名なランサーだなあ。して、体脂肪率は?」
 「い、一応、1桁台ですが。」
 ライダーが破顔した。髭だらけの強面だが、こうして笑うと意外に愛嬌がある。
 「よし、採用だ。」
 「へっ?!」
 再び、ライダーがにかりと笑う。力強く肩を叩かれ、激励されながらも、ランサーは一つ確認しておかなければならなかった。
 「え、営業ですよね…?」 「勿論、そうだとも。」
 どうする、俺。35社に門前払いされているのだ。ここで採用を逃せば、次はないかもしれない。あの夢が正夢になっても良いのか。言峰に自害を命じられて、唯々諾々と殺されてしまっても良いのか。
 ライダーへ引きつった笑みを返しながら、ランサーは膝の上で固く拳を握り締めた。男には腹を括らなければならないときがある。おそらく、ランサーにとって、今がそれなのだろう。
 「あ、ありがとうございます…が、がん、がんばります。」
 武芸を修め、公務員になり、可愛い嫁さんをもらって、細々暮らすつもりだったのだが、一体どこでランサーの人生は狂ったのだろう。心中、ランサーが失意に泣き暮れていると、チャイムが鳴った。ライダーが言う。
 「来客か。初仕事になるな。中へ通してくれ。」
 「は、はい!」
 勢い良く立ち上がり、玄関へと向かう。
 扉を開けた先にいた人物に、ランサーは目を丸くした。理事長の知り合いで、学校一の金持ちと評判のギルガメッシュだ。ランサーがこんな豪奢な美人を見間違えるはずがない。尊大な態度で、ギルガメッシュがランサーを一瞥する。
 「失礼する。我はサーヴァント大学のギルガメッシュ、面接を受けに来たのだが…?」
 雑種には用はないというあからさま態度にも、不思議とランサーの腹は立たなかった。やはり、どれだけ金持ちで縁故があろうとも、サーヴァント大学出身者にはこのような会社しか残されていないのか。ランサーはこんな美女がライダーの毛深い手によって身を持ち崩す未来を想像して、胸が悪くなった。
 リクルートスーツに身を固めたギルガメッシュが、ランサーの様子に眉をひそめる。相手は、ランサーが何者かわからなかったようだ。とはいえ、ギルガメッシュのためにも、ここはお互い気付かなかった振りをすべきだろう。ランサーは心中憐憫の涙を拭うと、ギルガメッシュを中へ案内した。知り合いがAV女優の仲間入りを果たすところに鉢合わせるなど、気まずくてならない。
 ランサーがギルガメッシュを連れて先ほどの営業室へ戻ろうとすると、ひょいと美少女が顔を覗かせた。
 「あ、そこまでで良いよ。オンナノコの面接はボクがするから。」
 ウェイバーと名乗った少女の姿に、ランサーはぎくりと身を強張らせた。壁にべたべた貼りつけられたポスターで、マスター・サーヴァントというSM的な煽り文句を背に、ライダーと絡んでいる少女だ。そこで、ランサーは一人頭を振った。こんな商売をしていて「少女」なはずがないから、やたら若作りな「女性」なのだろう。
 挙動不審なランサーへいぶかしむ視線を向けてから、ギルガメッシュがウェイバーの後を付いていく。
 「ランサー、貴様はこちらだ。」
 「はい…!」
 ランサーは胸を撫で下ろし、ライダーの許へと急いだ。一度だけ、背後を振り返る。
 「可愛いね、スッピンなの?」
 「?そうだが…?」
 ウェイバーの質問の意図がわからないらしく、ギルガメッシュは首を傾げている。ランサーは密かにエールを送った。同じ就職活動する身として、是非とも、ランサーはギルガメッシュに頑張って欲しかった。たとえ、それがAV女優だとしても。
 ランサーが連れて行かれた場所は、ギルガメッシュのいる部屋のすぐ隣だった。ここからは、声こそ聞こえないが、ギルガメッシュとウェイバーの対談も見える。隣室へ辿り着いた途端、ライダーが腰に両手をつけて、命じた。
 「よし、では脱ぐが良い。」
 「…は?」
 得も言われぬ恐怖を感じて、ランサーは尋ねた。まさか、親に顔向けできないような真似をされるわけにはいかない。
 「あ、あの…お、俺、営業ですよね…?」
 「ああ、そうだが。だがイスカンダルでは、全員男優もやるのが基本方針なのでな。」
 「…?!!」
 目を白黒させるランサーのスーツに、ライダーが手をかける。
 「ほら、恥ずかしがるでない。」
 流石はプロだ。あっという間に身ぐるみ剥がされたランサーは、剥き出しの胸元を両手で隠した。居た堪れない。ギルガメッシュの心配などしている場合ではなかった。本当にこんなところに就職しても良いのか。早くももたげ始めている後悔に頭を悩ませるランサーの肩を、ライダーがばしばし叩いた。
 「ふむ、良い身体をしておるではないか!いやはや、貴様は次の企画にぴったりだ!」
 ランサーの上腕二頭筋に手を這わせながら、ライダーが満足そうに唸る。決して肉体に自信がないわけではないが、その舐めるような視線に、ランサーの肌に鳥肌が浮いた。さながら、舌なめずりをする雄の前に引きずり出された無力な少女の気分だ。
 「だが、そうすると、女優はどうしたものか。」
 「あ…あの、やはり俺にはちょっと荷が重…。」
 早くも撮影に心が飛んでしまっているライダーは、ランサーの発言など聞く耳持たない。ライダーはひとしきり周囲のポスターの女優を物色した末、隣室へ目を向けると、大きく手を打った。
 「そうだ!デビュー作同士、そこな娘とガチンコ勝負が良いなあ!」
 ギルガメッシュと、ガチンコ勝負。
 青かったランサーの顔色に、朱色が混じる。
 何度か誘われて合コンに参加したこともあるが、色恋よりも武芸を優先させてきてしまっていたランサーは、童貞だった。サーヴァント大学で三本の指に入る美女に童貞を奪ってもらえるなど、きっと誉れに違いない。あの柔らかな肢体を抱き締め、自分のもので貫いたら、どんな声で喘いでくれるのだろう。にわかに落ち着きを失くすランサーに、ライダーがにやりと笑った。


 一方、ギルガメッシュはといえば、当初のランサー同様激しく後悔していた。
 「いやあ、キミみたいな美人が信じられないよ。もういろんなところからスカウトされてるんじゃないの?」
 多少迂闊なところはあるが、ギルガメッシュも馬鹿ではない。壁に張られたポスターや机の上へ投げ出されたDVDから、有限会社イスカンダルがどんな映像を制作するのか、理解していた。
 さっさと帰りたい。やたら至近距離で親しげに話しかけて来るウェイバーに引きつった笑みを向けながら、ギルガメッシュは手に汗握った。頬を桜色に染め上げたこの美少女に、同性愛の気があるのは明らかだ。
 「大丈夫、キミなら大女優になれるよ。」
 全身へ舐めるような視線を向けてから、うっとりとウェイバーの目が眇められる。ギルガメッシュは背筋を伸ばし、姿勢を正した。
 当然のことながら、ギルガメッシュには女優になるつもりなど毛頭なかった。この際、適当に言い包めて逃げるに越したことはない。今となっては、アーチャーにこの会社を受けると口外してしまったのが、心底悔やまれた。
 「いや、実はすでに内定を4つもらっている。今回は断りに来たのだ。」
 「大丈夫、ウチはバイト感覚でやってもらって良いから。」
 ウェイバーが屈託なく笑う。爛々と目を輝かせるウェイバーに、ギルガメッシュは小さく舌打ちをこぼした。獲物を狩る目をしたウェイバーに、遠まわしに言ったところで無駄だろう。
 出された茶を一口飲んでから、ウェイバーへ断る。
 「…正直言って、肌を見せるつもりは毛頭ない。」
 言い捨てて立ち上がろうとするギルガメッシュの手を、ウェイバーが掴んで引き留めた。
 「ああ、そ、それも大丈夫…!ウチはこんな小さな会社だけど、今年からAVじゃないアイドル育成部門を作ることにしたんだ。キミならすぐにでもヤンマガの表紙になれるって!」
 「いや、そんなつもりはないのだが…。」
 渋るギルガメッシュを熱心に引き留め、ウェイバーが再びソファへと腰を下ろさせる。
 「…だ、大丈夫なんスかね?何か揉めてるみたいスけど。」
 隣室の扉から様子を覗いていたランサーは、背後のライダーを振り返った。腕を組んだライダーが、ランサーの心配を笑い飛ばす。
 「問題ない。女が己を高く売ろうとするのはいつものことだ。」
 「そ、そうスか。」
 そのとき、ランサーの耳に、電子音が届いた。一言断ったギルガメッシュが、鞄を漁っている。携帯が鳴ったのだろう。アイドルグループ冬木ナイツの着メロに目を輝かせたのは、ウェイバーだった。
 内心、ウェイバーは中々首を縦に振ろうとしないギルガメッシュに業を煮やしていた。勿論、オンナノコが自分を高く売ろうとするのは結構なことだ。お高くとまったオンナノコの方が、調教のしがいだってあるというものである。 ギルガメッシュの美しい貌をどのように穢すか、胸を高鳴らせながら、ウェイバーは問いかけた。
 「何、キミ、冬木ナイツが好きなの?」
 「?!…いっ、いや、好きというほどではないぞ!だが、その、セイバーのことが、ちょっと好きというか…。」
 頬を赤らめたギルガメッシュは扇情的だ。生唾を呑み込んだウェイバーは、その華奢な肩へ手を置いた。
 「そうなんだ。偶然だなあ。今度そのセイバーちゃんのドラマのオーディションがあるんだ。同性同士の絡みがあるみたいで、人気がそこまでないから結構ねらい目なんだけど。年上の恋人役って言ってたから、キミにはぴったりじゃないか。」
 決して、ウェイバーは嘘が得意な方ではない。言葉の端々に、歯切れの悪さが聞き取れた。それをギルガメッシュは明らかに怪しんでいる様子だが、それでも、一蹴するつもりはないらしい。それだけ、セイバーのことが好きなのだろう。 ギルガメッシュの目に迷いを見て取ったウェイバーは、その手を両手で包み込んだ。
 「とりあえず、宣材用の写真を撮ろうか。大丈夫、ボクメイク得意だし。とびっきりキレイな写真にしてあげる。」
 手はすべすべで、いかにも労働を知らない箱入り娘のそれだ。いくらか、武芸は嗜んでいるのかもしれない。ライダーも喜ぶだろう。ウェイバーは屈託なく微笑んだ。
 「とりあえず、この書類にサインしてくれるかな。」


 30分後、ギルガメッシュはぎこちない笑顔を浮かべ、水着姿で写真を取られていた。
 撮影に居合わせることになったランサーは、正座して、ギルガメッシュを見守っていた。布をけちったとしか思えない水着は、白い薄手のビキニで、少しでも動けば豊満な乳房がこぼれ落ちてしまいそうだ。近距離のため、羞恥心から立ち上がった乳首が布を押し上げているのも見て取れた。ミルクのような肌には、しみ一つない。
 これから、本当にギルガメッシュとガチンコ勝負するのだろうか。
 しどけない肢体を晒し、撮影されているギルガメッシュに、ランサーは己のものが固くなりつつあるのを感じ取った。これはやばい。隣のライダーも、ギルガメッシュに目が釘付けだ。その目は色情に濡れ、どこか危うさを感じさせる。鼻息も荒く、ライダーが笑った。
 「ぐふふふ、良いではないか。」
 発言もやばい。
 「しゃ、社長…?」
 一瞬だった。ブラジャーをずらすよう指示するウェイバーに渋るギルガメッシュへ、巨体が跳びかかった。存外可愛い悲鳴を上げて、ギルガメッシュが押し倒される。ライダーの目は興奮に血走っていた。
 「く…っ、何をするこの雑種!」
 ギルガメッシュの右ストレートが飛ぶ。殴られたライダーが、闊達に身を揺すって笑った。
 「良い、良い!良いぞっ!それでこそ征服のしがいがあるというものだ!」
 ビデオカメラ片手に、ウェイバーがぼやいた。
 「あ〜あ、スイッチ入っちゃった。ああなると、しばらく止まらないんだよね。」
 「うわははははははははは!!」
 巨漢に圧し掛かられたギルガメッシュが、必死の形相で後ずさり、身体をくねらせて逃げようとしている。それがとても演技とは思われず、ランサーは恐る恐るビデオカメラを構えているウェイバーを見やった。ウェイバーは興奮した様子で、息を荒げ、舌なめずりしている。改めて、ランサーは変態の巣窟に踏み込んでしまったことが悔やまれてならなかった。
 「あ、あの…良いんスか?これ、だって、打ち合わせにないし、本気で嫌がってるように見えるんスけど…?」
 「ああ、良いんじゃない?ライダーだって止まりそうにないし…あの子だって、ずっと女優は嫌だ、脱がないっていっておいて、水着になってるんだから。」
 投げやりなウェイバーの発言に、ランサーは目を丸くした。
 「え?だって、あいつAV女優になるために来たんじゃ…。」
 「ううん?制作の仕事がしたいとか言ってたけど。」
 ランサーは頭を抱え、呻き声を上げた。まずい、これは犯罪だ。今、自分は犯罪現場に立ち会わせているのだ。だからといって、どうする。就職を諦めるのか。ここで制止すれば、印象は悪くなるだろう。最悪、あの夢が正夢になることだってあり得る。しかし、このままいっても、男優しかない。
 ランサーは激しく煩悶した。この決断で、人生が大きく変わってしまう。それは明白だった。
 そのとき、ギルガメッシュがひときわ大きな悲鳴を上げた。ブラジャーを取り払われた胸を片手で覆い隠し、己に跨るライダー相手に抗う姿は、哀れみを誘う。ライダーの毛深い手がショーツにかかるのを見たランサーは、見ていられず、果敢に立ち上がった。迷っている暇はない。
 「そこまでだ!」
 ランサーの渾身の一撃に、ライダーが吹っ飛ぶ。これから始まる痴態に期待していたウェイバーが、ビデオカメラから顔を離し、眦を吊り上げた。
 「新人、何してるのさ…!」
 「すいません……。」
 鬼のような形相のせいで、折角の愛らしい顔が台無しだ。ランサーは諦念まじりの苦笑を浮かべた。
 「でも、俺は騎士だ。こんなん許せるわけねえだろうが。」
 状況がわからず、涙目でこちらを見上げているギルガメッシュへ戸口を指し示す。
 「今のうちだ、さっさと逃げろ。」
 「む…あ、ああ…。」
 ショックで足元の覚束ないギルガメッシュが立ち上がるのに、手を貸してやる。ランサーは至近距離で感じるギルガメッシュの甘い体臭に、頭がくらくらした。ギルガメッシュは性的だ。ランサーには、ウェイバーやライダーの目が眩んだ理由が痛いほどわかった。ランサーも、ギルガメッシュとのガチンコ勝負を心底楽しみにしていたのだ。
 「逃すわけないじゃないか!」
 細い身体で猛然と飛びかかるウェイバーを、ランサーは抱き止めた。拘束を振り解こうと身を捩るウェイバーは、ライダーと比べてあまりに無力だ。これで、AVでは、ライダーを跪かせるマスター役だというのだから、恐れ入る。
 「放せ、放せよ!ランサー、キミ、こんなことしてどうなるかわかってるんだろうな!」
 「勿論、わかった上での行動だ。俺は就職より、自分の正義を取る。」
 ウェイバーの罵倒に、ギルガメッシュが振り返った。長い青髪に、すっと通った鼻筋、整った顔。思い出した。ランサーといえば、ギルガメッシュの悪友である言峰があからさまに馬鹿にしている人間ではないか。そんな近しい人間に、AV女優になりかけたところを見られていたのだ。穴があったら入りたい。
 ギルガメッシュの注視に気付いたランサーが、にかっと笑いかけ、早く逃げろと視線で促す。ギルガメッシュは顔を赤らめた。
 ギルガメッシュが走り去るや否や、殺気を感じて、ランサーは脇に飛び退いた。いきなり拘束を解かれたウェイバーが、倒れ込んだ床の上で咽ている。その前に立ちはだかり、ライダーが豪快に笑った。
 「ぐふ、ぐふふ…良いではないか!今年の新弟子は!それでこそ、余が欲するところよ!!」
 何だ、新弟子って。ランサーの頭に浮かんだ疑問も、飛んでくる剛腕の前にすぐさま散っていった。丸太のように太い腕だ。かするだけでもかなりのダメージを喰らうことになるだろう。
 正面から突進してくるライダーに、ひざ蹴りを喰らわせる。並みの相手なら昏倒させる一撃も、ライダー相手には威力不足だったらしい。
 「喰らうが良い、駅弁バスター!!」
 そのまま腰を持ち上げられ、抱きかかえられる。駅弁バスターとは名ばかりの普通のスパインバスターだったが、コンクリートの床へ勢い良く投げつけられ、ランサーは息が詰まった。笑いながら、ライダーが追撃に移ろうとする。 やべえ、死んだ。
 眼前に迫る肘鉄に、ランサーは強張った笑みを浮かべ、死を覚悟した。視界が白く染まる。が、衝撃はいつまで経っても来ない。
 何かがおかしい。騒音は続いている。ランサーが恐る恐る、白の飛んで来た方角を見ると、そこにはワイシャツ一枚のギルガメッシュがモップを手に仁王立ちしていた。ワイシャツからすらりと伸びた足が悩ましい。
 「貴様、雑種のくせに良くも我に恐怖を味わわせてくれたな!死んで報いるが良い!」
 容赦なく放たれる攻撃を、ライダーは笑いながら受け止めている。ランサーは床に蹲っているウェイバーとライダーを交互に見やった。どうやら、AVでサーヴァント役のライダーは、生粋のMらしい。
 「ふはははは!良い、良いぞ!もっとえぐるように!そう、もっと!もっとだ!」
 「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
 血飛沫が飛んだ。ランサーは立ち上がり、がしがしと頭を掻いた。眼前で繰り広げられる、SとMの攻防に、自然と溜め息がこぼれ出た。また、就職活動のやり直しだ。男優になる気はなかったとはいえ、やはりそれが、ランサーにはやりきれなかった。


 「悪かったな、ギルガメッシュ。てっきり俺は、お前に女優になる気があるんだとばかり…。」
 有限会社イスカンダルからの帰り道、ランサーは傍らに立つギルガメッシュへ頭を下げた。
 二人とも一度は脱がされたせいで、きっちり着込んでいたはずのスーツは、どこかだらしない。普段の扇情的な恰好に比べれば露出は少ないとはいえ、スーツを着崩したギルガメッシュにランサーはどぎまぎした。ギルガメッシュがこめかみに青筋を浮かべる。
 「そのようなはずがあるまい!なにゆえ、我がAVで生計を立てねばならん!ふざけるな!まあ、あの雑種も素に戻り、最後には謝っておったしな…血が出るまで殴ったらすっきりした。」
 「……そ、そうか。」
 暴力的な発言に少し引くランサーの顔を、ギルガメッシュが無遠慮に覗き込む。息がかかるほど近い距離に、思わず、ランサーは身を引いた。そんなランサーの様子を気にせず、ギルガメッシュが問いかける。
 「それより貴様は良いのか。折角の就職先を棒に振るって。」
 その目はどこか熱に浮かされ始めていた。血を見て、興奮したのかもしれない。つい1時間前まで、ランサーは自分がギルガメッシュにこんな目をさせられるものだと思っていたのだ。気恥ずかしさから思わず目を逸らして、ランサーは頬を掻いた。
 「ああ、別に…俺も男優になる気はないしな。」
 自分に言い聞かせる目的もあって、はっきりと、口にする。
 「それに、俺には武芸があるから。自分に合わない仕事より、貧乏でも武芸で食っていくことにするわ。」
 ギルガメッシュが微かに目を見開いた。その頬は赤く染まっているが、顔を背けているランサーは気付かない。一体、どうしたのだろう。ギルガメッシュは高鳴る胸に落ち着きを失くした。
 「ぶ、武芸で、とは格闘家にでもなるのか。」
 「はは、まさか。とりあえず指導員にでもなるさ。前から誘われてたんだ。」
 そこで、流石のランサーもギルガメッシュの熱っぽい眼差しに気付き、居心地悪そうに身じろいだ。
 「な、何だよ。」
 「貴様……、少しだけ、セイバーに似ておるな。」
 「?セイバー??」
 ランサーは脳裏にサーヴァント大学でギルガメッシュと並び称される1つ学年が下の美少女を思い浮かべたが、気のせいだろうと肩を竦めた。アイドルも掛け持ちする美少女と似ていると言われる理由など、皆目見当がつかなかった。ギルガメッシュが頭を振る。
 「いや、気にするな。それで、指導員とやらは、給料が良いのか?」
 「手取り2万5千円って言われた。」
 「そ、そうか。頑張るが良い。」
 悪役に襲われている美女を救うなど、旧世代の展開だが、こんな美女と肩を並べて歩けるのだから、役得かもしれない。自分の信念を曲げず、生きるというのも、良いものだ。慰めを口にするギルガメッシュに、ランサーは薄く口端に笑みを湛えて頷いた。




 ギルガメッシュが吐瀉してしまったのは、あと少しで大学に着くという距離まで来たときのことだった。青白い顔で立ち止まったギルガメッシュは、手で口元を覆った。
 「…吐く。」
 はたして、宣言と実行、どちらが早かっただろう。このような事態に慣れているランサーは手早く処理を済ませ、大学までたどり着けそうにないほど足元の覚束ないギルガメッシュを、仕方なしに自分のアパートへ連れて帰った。そこに不純な動機は一切なかった、と自信を持って言い切れる。
 よほど、有限会社イスカンダルでの出来事がショックだったのだろうか。いや、相手は、女の子といはいえギルガメッシュだ。流血させてすっきりしたとも言っていたし、あれしきのことで、へこたれるとも思えない。 汚れたスーツを脱がせ、自分のサイズ違いのTシャツを貸し、言峰に連絡すべきか携帯を手に悩むランサーの裾を、ギルガメッシュが引っ張る。
 「狗ぅ…。」
 欲に溺れ舌足らずな声で、ギルガメッシュが言った。
 「何かむらむらする…。」
 あ、こりゃ、会社で一服盛られたな。
 思い返せば、ランサーと異なり、ギルガメッシュには茶が出されていた。おそらくあれに一服盛られていたのだろう。
 どう対処したものか困惑するランサーのシャツの胸元を引っ張り、ギルガメッシュがぎこちないキスしてくる。かちりと歯が当たる不慣れなキスに、ギルガメッシュも初めてなのだと察したランサーは、頭に血が上った。
 が、ここで据え膳食えるようならば、有限会社イスカンダルの内定を蹴ったりしていない。 ランサーは粟食って、寄りかかって来るギルガメッシュの柔らかな肢体を引き剥がした。
 「ちょ、待て、冗談じゃねえぞ。落ち着け!お前だってこんなところで処女失くしたかねえだろ?俺だって薬でどうにかなってるやつを襲うほど鬼畜じゃねえぞ?!」
 「良い…。そんな貴様だから、我も抱かれてやろうというのだ。」
 目を潤ませたギルガメッシュが、再び唇を押し当てて来る。子供のような稚拙なそれに、ランサーのものは途端に質量を増した。視線を泳がせて、ランサーが呟く。
 「ゴ、ゴムだってねえし…。」
 「…ならば、指で良い。」
 差し招かれた手が、ギルガメッシュの秘められた場所へ及ぶ。ランサーはごくりと生唾を飲んだ。濡れている。もたつく指でランサーのスーツの前をくつろげようとしながら、ギルガメッシュが囁く。
 「早う…身体が熱くて蕩けてしまいそうだ。」
 そんなことを言われても、初めてのランサーにはどうしたら良いのかわからなかった。硬直したランサーの上へ、ギルガメッシュが身を乗り上げる。Tシャツを脱ぎ捨て、先ほどの撮影中は腕で隠されていた乳房を胸筋へ押し付けて、ギルガメッシュが3度目のキスをしてくる。
 流石のランサーも腹を括り、ともすれば歯の当たるぎこちないキスを返した。
 ランサーの首へギルガメッシュの細腕が回される。煎餅布団へ押し倒され、立ち上がったものを足の付け根に押し付けられ、ランサーは息の合間に低く呻いた。ギルガメッシュが前後に腰を揺らす。決してこちらを焦らすつもりではなく、自らの衝動に従っての行為だというのだから、始末に負えない。
 ランサーはギルガメッシュを抱き込んだまま体を反転させた。巨体に圧し掛かられ、息苦しさか大きく開かれた口に、思いきって舌を入れてみる。ギルガメッシュは少しだけ驚いた様子だったが、積極的に舌を絡めてきた。下になったギルガメッシュが、身を捩らせて、ランサーに先を促している。ランサーは腹を括って、ギルガメッシュの中へ指を入れた。
 ギルガメッシュの中は熱かった。初めてとは覚えないほど濡れているのは、薬のせいだろう。甘い体臭にくらくらした。
 ギルガメッシュの手が、ランサーのものへ添えられる。先走りで濡れた大きなそれに、ギルガメッシュは処女特有の怯えを覗かせたが、好奇心と性欲の方が勝ったらしい。先端を指先でくすぐるように愛でながら、赤く蕩けた目でランサーを見つめた。
 「ランサー、もう無理…。早う。」
 「い、入れないって話だっただろ。」
 熱心に誘ってくるギルガメッシュの誘惑を振り切った自分を、ランサーは褒めてやりたかった。女の子の弱みにつけこんで抱いてしまうなど、それこそ、鬼畜の所業である。煮え切らないランサーに、ギルガメッシュが頬を膨らませた。
 「中に出さなければ良いではないか。」
 再び、二人の上下が反転する。動転するランサーにキスを落としながら、ギルガメッシュは剥き出しのそれを愛おしそうに撫で、手を添えると、ゆっくり腰を落としていった。
 「ん、んんん、ランサーのおっきい…。」
 まるでAVのような発言を陶然と口にしながら、色香を湛えた目をうっとり眇め、浅い息を繰り返すギルガメッシュは、反則だ。とうとう耐え切れず、ランサーはその柳腰を掴むと、ずんと下から突き上げた。ギルガメッシュが快感に仰け反る。
 「ランサー、ふっ…もっと、もっと動かんか。」
 緩慢にギルガメッシュが腰を揺らす。甘く脳を揺さぶる快感に、ランサーは歯を食いしばった。
 「くっそ…後悔すんじゃねえぞ…!」
 「ふっ…するわけあるまい。王の決断だぞ。」
 その言葉を最後に、二人は黙って快楽を貪った。ランサーの上で、ギルガメッシュが髪を振り乱してよがった。抽送に呼応して弾む乳房が悩ましい。ぷっくり乳首の立つ乳房を揉みながら、思いのまま腰を振ると、のたうつ身体がランサーをきつく締め付ける。
 そろそろやばい。いきそうだ。
 「ギルガメッシュ、そろそろ出る、どけ…!」
 ランサーの言葉が聞こえないのか、それとも、聞く価値などないということか。あるいは、押し寄せる快楽に絶頂が近付き、ここでランサーを解放する余裕がないのかもしれない。一心不乱に腰を振るギルガメッシュの身体が強張り、中がひときわ激しくうごめいた。堪らず、ランサーも弛緩するギルガメッシュの肢体を掻き抱き、中に吐精してしまう。
 やべえ、責任取らねえと。ランサーは顔を青くしたが、それも長くは続かなかった。
 「ランサー、ふっ…まだ、足りない、いっ。」
 こちらを煽るギルガメッシュのゆっくりした腰の動きが、ランサーによって、激しいものとなっていく。ランサーに腰を掴まれたギルガメッシュは、身も世もなく、AV顔負けの嬌声をあげた。




 「なるほど、別に就職せずとも良かったということか。時臣の驚く顔が目に浮かぶようだ。」
 確かに、自分で婿を見つけて来たと言ったら、まず間違いなく、驚愕することだろう。時臣の薦めて来た見合い相手は、全て、世界屈指の御曹司だった。それを蹴って、月給2万5千円の人生の負け犬を選ぼうというのだから、驚愕して当然である。
 煎餅布団の中で、ランサーへ身を預け、くつくつ笑うギルガメッシュに、これは夢ではないだろうかと自分の頬を抓っていたランサーが目を瞬かせた。ランサーは、済し崩しであったとはいえ、自分が世界屈指の金持ちの処女を奪い、あげく求婚した事実が信じられないでいるようだ。ギルガメッシュはそれがまたおかしかった。
 「え、何がだ?」
 「貴様は気にするな。」
 そう言って軽くキスをすれば、欲を覚えたばかりの身体は素直に火照って来る。ギルガメッシュは破顔した。
 まったく、面白いことになりそうだ。











初掲載 2012年3月17日