その“悲劇”は、4月1日に起こった。新年度の幕開けとともに言峰の私室で、一年ぶりに“黄金の京”の掃除をしていたギルガメッシュが、“それ”を発掘したのがそもそもの発端である。
実戦に活用できない宝具が収められた宝石箱から、ギルガメッシュは何の気なしに“それ”を取り上げた。
一体どこで手に入れたものだったか。ルーンが刻まれた“それ”は上下どちらからも着けられるイヤリングの形をしていた。ぱっと見は黄金があしらわれたイヤリングにすぎないが、ちゃんとした宝具の一種で、ギルガメッシュの記憶に誤りがなければ、性別を逆転させる力を保有していたはずだ。イヤリングの装着を上下どちらでするかによって、性別を制御するのである。
手に入れた当初こそ、ギルガメッシュも面白がって利用していたが、今では埃をかぶって眠るだけの宝具である。聖杯戦争の局面で特に使う機会もないので、おそらく来年度まで、日の目を見ることもなく眠り続けることだろう。
イヤリングを宝箱へ仕舞い、蓋を閉めようとしたギルガメッシュの手がはたと止まった。
10年前から、ギルガメッシュはセイバーを憎からず思っていた。これまでのじゃじゃ馬たち同様、一度抱いてしまえば満足してしまう程度の興味なのかもしれないが、現時点では、一番の興味の対象だった。
そのセイバーだが、ギルガメッシュがいくら誘ってもつれない態度なのである。
最初こそ、それも愉悦だと面白がっていたギルガメッシュも、最近では不安になって来ていた。もしや、セイバーは同性愛者なのだろうか。ギルガメッシュは勝手に偽装結婚と結論づけていたのだが、生前の結婚相手も同性だったという話だ。ありえない話ではない。
セイバーにしてみればとんだ濡れ衣をかぶせながら、ギルガメッシュは再度宝石箱からイヤリングを取り出した。
まさか、という思いはある。しかし、ここでセイバーに対する疑念を払拭しておくべきだろう。
ギルガメッシュを肯定するように、きらりとイヤリングが煌めいた。
モップやぞうきん、ばけつといった掃除用具一式を手に、ランサーは溜め息をこぼした。新年度の幕開けと共に大掃除を命じられ、これから最後に残った言峰の私室に向かうところなのである。
ランサーは大いに不満だった。半人半神のクーフーリンともあろうものが、三大騎士のランサーとして召喚されるほどの英霊が、掃除を命じられているのだ。不満にならないわけがなかった。
普段ならばノックをしてから入室しているが、言峰は毎週恒例の日曜の説教の最中だ。断りを入れる必要も感じられない。ランサーは意に介さず、私室の扉を開けた。
そこには、美少女が立っていた。全裸で。
何を言っているかわからないとは思うが、ランサーにもわからなかった。
豪奢な金髪にしみ一つない象牙の肌の持ち主は、どういうわけか、鏡の前でポーズを取っていたらしい。腰に当てていた手を下ろし、こぼれ落ちそうなほど大きなルビーの目を驚きに見張って、ランサーを見つめた。
見つめられる喜びに、ランサーは顔が熱くなった。今のランサーなら、彼女のために影の国へ行って、スカアハに師事を仰ぐことも厭わなかっただろう。もちろん、ランサーは生前の妻を愛していたが、結婚を決めた理由としては、世間の妻に対する風評とそんな名高い妻を娶ることで得られる評判がものをいっていた面があった。こんな風に、激しく欲してのことではない。
がちゃんと大きな音がして、ランサーは我に返った。
「わ、わりぃ…!そ、そ、その…俺っ、すまない――!!」
ランサーは慌てて扉を閉めると、踵を返して逃げ出した。どうやらばけつを落としたらしいと気づいたのは、自分が恋に落ちたらしいと自覚した後になってからだった。
日曜の説教が終わり、自室へ引き上げた言峰は絶句した。
入口ではひっくり返ったばけつからこぼれた洗剤まじりの水が水たまりを作り、室内には所狭しとがらくたが詰まれ、黄金の姿鏡の前ではどういうわけか女の姿になったギルガメッシュがグラビアポーズの練習に励んでいたからだ。 全裸で。
言峰はギルガメッシュとランサーに掃除を命じたのである。決して、部屋を汚せと言ったのではない。
「…ギルガメッシュ、これはどういうことだ。」
鏡に夢中になっていたギルガメッシュが、言峰を振り仰ぎ、にぱっと笑いかけた。
「何だ、言峰。いたのか。」
「それは、私の部屋だからな。それで、これはどういうことだ。」
「何、“黄金の京“の整理中に面白いものを発掘してな。ふふふ、見ているが良い。これでセイバーの心も我のものだ。」
何か企んでいるらしいギルガメッシュの様子に、言峰は嘆息した。何があったところで、あれほどギルガメッシュのことを毛嫌いしているセイバーが心変わりをするはずがない。まだ、魚を咥えたどらねこを裸足で追いかける凛の方が、現実味がある。大体、セイバーはもう契約者とフラグが立っているではないか。
本来ならば、ここで言峰はマスターとしてギルガメッシュを窘めるべきなのだろう。しかし、部屋を汚された怨みと王の慢心に対する懸念が、言峰に口を噤ませた。少しくらい痛い目を見た方がギルガメッシュのためである。
そう判断すると、言峰は箪笥からシャツを取り出し、ギルガメッシュの肩へかけた。ギルガメッシュを痛い目に合わせるのと、聖職者として評判を得ている自分が周辺住民から痛い目で見られるのとは、また話が別だ。
「そこで少し待っていろ。今、服を持ってくる。確か、凛にやる予定だった服があるはずだ。胸がきついだろうが、暫定的処置としてならば、なんとかなるだろう。」
言峰は言い捨てると、部屋から抜け出し、中庭を目指した。先ほど中庭で、膝を抱えて蹲るランサーを見かけたのである。そのときは、また何かつまらないことで悩んでいるのだろうと放置していたのだが、部屋を散らかされた報復はせねば気が済まない。
「ランサー、掃除はどうした。」
声をかけると、ランサーは億劫そうに膝へ埋めていた顔をあげた。どういうわけか耳まで赤くなっている。言峰は片眉を上げて、返答を促した。しぶしぶランサーが答える。
「掃除どこじゃねえだろ…!何でお前の部屋に、あ、あ、あんな…お前、聖職者なのに、まさか垂らしこんだのか?この外道神父。」
「すまないが何を言っているのかわからないので潔く死ぬが良いランサー。」
言峰の蔑視に耐えかねたものか、ランサーが立ちあがった。
「だから、あの子だよ!金髪のめちゃくちゃ可愛い子!何であんな子がお前の部屋に、はっ、裸でいるんだよ…!」
そこでようやく、言峰は悟った。ランサーが挙動不審なのは、言峰の部屋で裸の美少女(笑)を見たからなのだ。その美少女(笑)が、あれほど嫌っているギルガメッシュと同一人物だと見抜くこともできず、ランサーは恋に落ちてしまったに違いない。幸運Eは伊達ではないということか。
思わず失笑を漏らす言峰に、ランサーが肩を怒らせた。
「何だよ、そんなにおかしいか?!」
「愚問だな。おかしいに決まっている、あれは…。」
言峰は口を噤んだ。ここで美少女(笑)の正体をばらすのは、得策ではないだろう。ランサーにはばけつをひっくり返した罰をきっちり受けてもらわなければ。
折りしも、今日はエイプリルフール。嘘を吐くにはもってこいの日だ。
「あれは箱入りで常識がないものでな。ちょうど良い。あれとあれの服を買いに行け。」
「えっ!あ、あの子と俺がか!?だ、だがよう。初対面の俺となんて、あの子が行きたがるかどうか…。」
「…お前が行きたくないのであれば、他のものを探すが。」
「いや!俺が行く、行きます!行かせてくださいっ!」
「最初からそう言えば良いものを。」
にわかに落ち着きをなくすランサーを、言峰は心中鼻で嗤った。一目惚れした相手がギルガメッシュとも知らず、哀れなことだ。しかし、がぜん面白くなってきたと言わざるを得ない。
いまだかつてない愉悦の予感に、言峰の心は躍った。
「ランサー、我はあれが食べたい。」
「ん、どれだ?」
「あそこに行列が出来ているだろう。あれだ。あれが食べたい。買って参れ。」
美少女の命令に、青年は頬を緩めて頷くと、クレープ屋に向かって歩き出した。
場所は新都のショッピング通り。何も知らないものが見れば、よく似たイヤリングをつけていることもあり、アイドルも顔負けの超絶美少女と美青年のカップルがデートしているものと見えることだろう。
しかしその実態は、言峰の告げ口でランサーの恋心を知ったギルガメッシュが、ルカという偽名を用い、さんざん虚仮にしてから正体をばらしてやろうとランサーを弄んでいる最中なのである。万が一にも自分でうっかり正体をばらしてしまわないよう、禁止ワードはリングの形をした手持ちの宝具を使って封印してある。
ランサーが行列に並んでしまい手持無沙汰になったギルガメッシュは、ベンチに腰を下ろすと足をぶらつかせた。無意識に宝具であるイヤリングを弄りながら、ワンピースへ視線を落とす。
午前中いっぱいをかけて、ギルガメッシュはランサーから金を絞り取ることに成功した。今、ギルガメッシュが身につけている純白のワンピースも、ランサーに支払わせたものだ。“黄金律”を有するギルガメッシュにしてみれば端金だが、ランサーにとっては大金である。しかし、普段であれば不平をこぼされるような場面にも、ランサーは満面の笑みで応じた。よほど、現在のギルガメッシュの外見が好みらしい。
イヤリングが宝具とも気づかず、ペアルックの一環のようだと喜んでいたのは痛かった。
ギルガメッシュはランサーの弱点に、呆れかえり、鼻を鳴らした。女にうつつを抜かし、現状把握すらできないとは嘆かわしい。大体、女など無理矢理組み敷いてこそだろう。何をご機嫌取りに走り、追従しているのか。
そこで、熱視線を感じ、ギルガメッシュは顔を上げた。
思いがけない出会いに、胸が熱くなってくる。
「セイバー、我の嫁よ!まさかこんなところで再会するとは、これも運命だな!」
嬉々として立ち上がったギルガメッシュを、私服姿のセイバーが手にしていたフランスパンを構えて牽制した。ギルガメッシュは眉をひそめた。背後には、契約者である衛宮と遠坂の娘もいるようだ。王の逢瀬を邪魔するとは、無粋も甚だしい。
「貴様らが何故ここにいる。ここにいて良いと許可したつもりはないが。」
「それはこちらの台詞だ。何故、貴様がここに…しかもその恰好は。」
セイバーの問いかけに、ギルガメッシュは胸を張って答えた。
「セイバーよ、どうだ。女となった我もまた麗しいであろう。貴様は女の方が好きなのではないかと思ったのだ。さあ、遠慮なく我の豊満な胸へ飛び込んでくるが良い。」
「また浅慮な発言を…誰が貴様の胸に飛び込むものか!」
セイバーの激昂も、最強のサーヴァントにとっては戯れのようなものらしい。ギルガメッシュは肩を竦めてから、セイバーの胸元を一瞥した。
「まったく、自らの胸のサイズを気にしているのか…。だが我はそれで良いと言っている。気にかけるのを止めろ。」
「貴様…ッ!!」
今にもフランスパンで戦闘に突入しそうなセイバーを押し退けて、士郎が前に出た。
「や、止めろってセイバー!王さまも止めてくれよ。大体、どうしたんだよ。王さま、男だよな?本当は女なのか…?」
「雑種にはわからぬだろう。戯れの一種だ。」
「…そのイヤリングが宝具みたいね。魔力を感じるわ。」
顎に手を当てて口を挟む凛に、ギルガメッシュは嫣然と微笑んでみせた。
「腐っても時臣の娘だな。宝石に類する魔術は長けていると見える。」
「イヤリングに刻まれたルーン文字で、性別を制御している…?単純そうに見えるけど複雑な仕掛けだわ。流石は、王の宝具ね。現代の魔術師にあれと同じものを造れるかどうか。」
「ふん、贋作を造る必要などない。我の宝具は我だけが持っていれば良い。」
鼻高々に答えるギルガメッシュに、凛が悔しさから唇を噛んだ。
性別を反転させるというと単純な宝具のように聞こえるが、瞬間的に個体を遺伝子レベルで組み替えるのである。しかも、装着の上下を変えるという簡易な作業によって制御可能というのだから、下手な宝具よりよほどレベルが高い。応用すれば、念願の巨乳になることも夢ではないだろう。
しかし、現代の技術ではあの宝具を造ることなど出来ないのだ。
歯噛みする凛の心中など知らず、士郎が尋ねた。
「その恰好…ワンピースなんて王さまらしくないけど、どうしたんだ?」
「ああ、狗に貢がせた…我を我とも気づかず、我に惚れたなどと申してな。遊んでいるところだ。」
「うわ、王さま趣味悪いな。」
「所詮雑種ごときに王の遊興を理解しろというのが、無理な話なのだ。」
そのとき、セイバーがフランスパンを一閃させた。たかがフランスパン、されどフランスパン。“セイバー”によるフランスパンの一閃は、剣にも劣らぬ破壊力を伴う。
だが、最強のサーヴァントにとって、フランスパンによる攻撃など避けるまでもない。
その慢心が、悲劇の決定打となった。
ギルガメッシュの耳元で、ぱりんと澄んだ音が立った。イヤリングが弾けた音だった。目を見開くギルガメッシュに、フランスパンを握り締めているセイバーが得意げに口端を緩めた。
「これでもう二度と、不快な発言を聞くこともない。」
「セイバー、貴様…!自分が何をしたかわかっているのかッ?!」
叫ぶギルガメッシュに、セイバーが蔑視を向ける。
「勿論、わかっている。ランサーと末永く幸せに暮らすが良い。行きましょう、士郎、凛。長居は無用です。」
「流石にえげつないぞ、セイバー!」
「私の貞操のためです。」
颯爽と去っていくセイバーを、士郎が追いかけていく。背後を振り返った凛が小さく呟いた。
「壊すくらいなら、私が欲しかったのに。」
宝具を破壊されたギルガメッシュは、再びベンチへ腰を下ろすと、頭を抱えた。
失くさないようにという配慮からイヤリングを着け続けていたことが仇となったようだ。
手持ちの中で、性別を反転出来る宝具はこれだけだ。類似品で子供になるものもあるにはあるが、ギルガメッシュは子供になりたいわけではない。先ほど、凛に自慢したように、これほどの宝具を現代の魔術師が造れるとも思わない。
自分はもう男には戻れないのか。
いや、何か方法があるはずだ。眉間にしわを寄せて考え込むギルガメッシュの顔を、クレープを手に戻ってきたランサーが覗き込んだ。
「待たせて悪い。クレープ買ってきたぞ。」
「いらん。貴様が食え。」
ランサーは首を傾げた。お姫様はご機嫌斜めのようだ。しかし、どれだけ殺気を振りまこうとも、頬を膨らませて拗ねる様は可愛らしい。ランサーは頬を緩めた。
「本当に良いのか?こんなに美味しそうなのに。後になってから文句言うなよ。」
「言わん、少し黙れ。」
しばらく考え込んでから、ギルガメッシュは立ちあがった。ギルガメッシュの記憶にないだけで、“黄金の京”に似たような宝具が眠っている可能性もなくはなかった。可能性は限りなく低いが、ないよりはましだろう。
クレープを食べ終え、指先についたクリームを舐めながら、ランサーが決然と歩き出したギルガメッシュへ尋ねた。
「次はどこに行くんだ?」
「――…教会へ戻る。」
“黄金の京”の宝具は、言峰の私室だ。
ギルガメッシュの予想に反して、言峰の私室はすっからかんだった。言峰の手によって宝具は全て片付けられてしまったらしい。一体、あれだけの宝具をどこへ仕舞ったのか。言峰のことだ、下手をすれば粗大ごみに出しているかもしれない。
憤慨してソファへ腰を下ろすギルガメッシュの隣に、逡巡してからランサーが座った。気遣うように向けられる視線がうざい。ギルガメッシュは舌打ちをこぼした。
「…なあ、何があったんだ?ルカちゃんにそういう表情は似合わないぜ。もっと笑えよ。俺に話せることだったら、聞くから。」
「貴様に話すことなど何もない。もう良い。戯れは終わりだ。さっさと去るが良い。」
「そんなこと言うなよ。俺にできることだったら、何でもする。」
労わりの言葉に、ギルガメッシュは苛立ちを募らせた。狗如きに気遣われるなど、不服である。
そのとき、ギルガメッシュの頬へランサーの武骨な手が添えられた。ぎょっとして見やれば、思いの外近くにいるランサーが熱い眼差しでギルガメッシュを見つめていた。
「ルカちゃんの笑顔のためだったら、マジで何でもする。だから、そんな顔するなよ。」
ランサーも聖人ではない、男だ。その上、キャスターとして召喚されうるだけの知識と知謀を備えた英霊である。いくら恋に落ちたからといえ、何の見返りも期待せずに貢ぎ、振り回されるほど、愚かではない。その事実をギルガメッシュは失念していた。
視界が肌色に染まった。重ねられた唇から舌が入れられ、ギルガメッシュの口内にチョコレートと生クリームの味が広がった。
ギルガメッシュは身じろいで抵抗したが、女となった身では、ランサーには敵わなかった。ゆっくりソファへ押し倒され、はだけられたワンピースの合間から太腿を撫でられた。不覚にも快感を覚え、ギルガメッシュは羞恥に顔を赤らめると、ランサーを押し退けた。
「ま、待て!我は――…!」
「おれは?」
指に指を絡めキスを落としながら反芻してくるランサーに、ギルガメッシュは得意げに笑みを浮かべてみせた。正体がわかれば、ランサーも愚行を悔いるだろう。
「何を隠そう、我は――、我は――…っ!」
みるみる青褪めていくギルガメッシュに、ランサーは困ったように苦笑を浮かべた。
「わかってる、ルカちゃん初めてなんだろ?絶対優しくする。」
「ち、違う…!我は――っ。」
ルカという偽名を用い、さんざん虚仮にしてから正体をばらしてやろうとランサーを弄んでいたギルガメッシュは、万が一にも自分でうっかり正体をばらしてしまわないよう、手持ちの宝具を使って、自分の正体がばらせないように細工を施していた。
それがここにきて、完全に裏目に出た。
小指にはめられたリングは、右手ごと、ランサーの手の中だ。外すことも叶わない。だが、ここで正体を口に出来なければ、確実にヤられるだろう。優しさを宿しながらもぎらつく目が、ランサーの本気を語っている。
初めて、ギルガメッシュは狗ごときに慄いた。
ランサーの手が乳房に触れる。少しの恐怖とあまりの快感に、ギルガメッシュは固く目を瞑り、嬌声が漏れないように唇を噛み締めた。堪えても、中から滲み出す気持ち良さに甘い声が零れそうだ。そんなギルガメッシュの様子にランサーが満足そうに笑いながら、何度もキスをしてくる。元々享楽的なところのあるギルガメッシュは、すっかり快楽の虜になってしまった。
何度か助けを求めて悲鳴を上げそうになったが、ギルガメッシュの高すぎるプライドが遮った。
身体が疼いて仕方がない。
ランサーの手が買ったばかりの女性下着に伸びたとき、がちゃりと扉が開いた。
「…何だ、取り込み中だったのか。人の部屋で勝手なやつらだ。」
涙に濡れた睫毛を瞬かせて、ギルガメッシュは言峰を見上げた。
「こっ、言峰ぇ…っ。」
「邪魔すんなよ。今、良いとこなんだ。」
半べそを掻いて助けを求めるギルガメッシュと肩を怒らせて威嚇するランサーを、言峰は交互に見やった。死んだ目から意図を探り出すことは難しい。だが、長い付き合いのあるギルガメッシュには、言峰が何を考えているのか容易く読むことが出来た。
言峰は、この状況を愉しんでいるのである。
深く絶望するギルガメッシュに背を向けた言峰だったが、立ち去り際、ふと思い出したように爆弾を落としていった。
「ギルガメッシュ、ランサーで遊ぶのは良いが、受肉した身で何があるともわからない。一応避妊はしておけ。」
ぱたんと扉が閉まる。
先に沈黙を破ったのは、ランサーだった。
「ぎるがめっしゅ…?え、いや、だって、そんなわけねえだろ。」
「そ、そうだ!だから我は――ッ!わかったら放さぬか、狗!」
「冗談は止せよ。何であいつが、あはは。」
一瞬間を開けてから、頭を抱えたランサーが絶叫した。
「ふざけんなよおおおおおおおおおおお!!!!運命の相手を見つけたと思ってたのによおおおおおおお!!!!エイプリルフールだからって吐いて良い嘘と吐いたらいけない嘘があるんだって知っとけよちくしょおおおおおおおおおおお!!!!」
「貴様こそ、我に対する愚行は万死に値すると学んでおけ。もう良い。退け。我は男に戻る術を探さねばならん。」
ギルガメッシュはひらひらと手を振って、ランサーに上から退くよう促した。しかし、ランサーが動く気配はない。よほどショックだったのだろうか。ギルガメッシュは眉をひそめ、嗚咽を漏らすランサーを睨みつけた。
やがて不自然な沈黙の後、ランサーがぼそりと呟いた。
「わかった、俺も男だ。」
「そうか、わかったのならば良い。」
「お前がギルガメッシュだってことは認める。」
「貴様が認めずとも、我は我だが、わかったのならばまあ良い。」
「でもそれがどうしたっていうんだ。元は男?別に今が可愛い女の子だったら、そんなのどうでも良くないか?」
ギルガメッシュはいぶかしんで、いまだ覆いかぶさっているランサーを見上げた。
「初めてくらい優しくしてやるよ。」
微笑みながら先ほどの続きをしようとするランサーの目は据わっている。今度こそ、ギルガメッシュは悲鳴を上げた。しかし、人里離れた冬木教会で悲鳴を上げたところで何の役にも立たなかった。
その夜、遅めの夕飯に赤飯を出されて、ギルガメッシュが怒り狂ったとか何とか。
初掲載 2012年4月1日