猟奇的な彼女


 バレンタイン。
 その日は、世間が恋や愛といったものに浮かれる日だったが、サーヴァントである俺には関係ない。とはいえそれは、理不尽な神父と、それ以上に理不尽極まりない暴君がいない分、静かで居心地の良い一日だった。無論、期待していなかったといえば嘘になる。もしもの事態のためにコンドームを購入しておいたのは秘密だ。俺はあくびをかみ殺し、時計を一瞥した。今日もあと2時間で終わる。実に平和な日だった。
 なんとはなしにバラエティ番組を見ながら、取り込んだ洗濯物をたたむ作業を機械的にこなしていた俺は、勢い良いのよすぎる玄関扉の開閉音と、それにともなう罵詈雑言を耳にして、大きく嘆息した。
 あと2時間で今日も終わるのに、何で、帰ってきやがった。
 「くそ、セイバーめ!かような男のどこが良いのだ!我の方がよっぽど良いだろう!」
 気の弱いものや老人相手であればそれだけで致命的な殺気を隠そうともしない女の登場に、俺は洗濯物を脇へどけた。女の名は、ギルガメッシュ。インゴットのような豪奢な金髪に、象牙の肌を持つ国籍不明の美女だ。豊かな乳房に、悩ましくくびれた腰。すらりと伸びた手足は均整がとれている。士郎への聞くに堪えない悪口が飛び出る唇は、言動に反し、美しい。
 そう、ギルガメッシュはすこぶる良い女だった。外見だけならば。唯一にして絶対の欠点は、そのおつむだろう。どうして、あんな天使のように可愛らしい嬢ちゃんがこんな痛くて偉そうなあほ女になるんだか。外見は俺のドストライクなのに、残念でならない。
 ものに当たり散らしながら、ギルガメッシュがワインボトルから直にラッパ呑みしている。勿体ない。金銭感覚のいかれているこのあほ女は、1本数十万する極上のワインをじっくり味わうのではなく、憂さ晴らしに用いる腹積もりらしい。
 俺は思わず勿体ないとワインへ伸びそうになる手を握りしめて、動向をうかがっていた。八つ当たりはごめんだ。以前、売り言葉に買い言葉で喧嘩を買ったところ、言峰の手を煩わさなくてはならないレベルで重傷を負う羽目になったことを、この時点の俺はじゅうぶん記憶に留めていたのだ。
 エキサイトしてリビングをぐるぐる歩き回るギルガメッシュは、ネコ科の動物を思わせる。うなり声をあげるさまは、百獣の王そっくりだ。これだけ言動が痛くてもどこか気品を感じさせるのは、流石は最古の王といったところか。
 最初こそ警戒していたが、次第に俺も辟易してきて、とうとうギルガメッシュに話しかけた。
 「常々思っちゃいたが、お前はどうしたいんだよ。女同士って…セイバーと寝たいのか?」
 今まで押さえつけていた好奇心を抑えきれずに身を乗り出して尋ねてみた理由には、これぐらい聞いてもばちはあたらないだろうという楽観と、くだを巻くうちにギルガメッシュがへべれけに酔っ払ったという事実があった。そのとき、無謀にも空気を読まずバレンタイン特集を続行するテレビの破壊に勤しんでいたギルガメッシュは、おぼつかない足取りで振り返ると、きっと俺を睨みつけた。浴びるように呑んだせいで、眦は紅く色づき、目は潤みを帯びている。思わず、俺はわいた生唾を嚥下した。そんな俺の劣情など露知らず、あほ女は金切り声をあげた。
 「失礼な!我は単にセイバーをバビりたいだけだ!」
 「いや駄目だろそれは。」
 大体なんなんだ、バビるって。それは動詞なのか。こいつなりに考えて、永遠を共に在りたいと願ってゆえの行為だとしても、一個の存在を所有物扱いするのは頂けない。
 俺のもっともな感想にも、ギルガメッシュの怒りは募るばかりのようだった。
 「…!痴れ者が、狗如きが我に意見する気か!分を弁えよ!」
 投げつけられた未開封のワインボトルが頼りない放物線を描き、とんちんかんな場所へ向かう。酔っ払いの攻撃など、こんなものだろう。部屋がワインと硝子まみれになるのも困りものなので、俺は嘆息交じりに、ボトルが壁へ当たる前に受け止めた。だが、その行動でますます機嫌を損ねたらしい。ギルガメッシュは眦を吊り上げた。怒りに頬が強張っている。これは拙い。殺意の矛先がこちらに向かったことを悟り、俺は乾いた笑みをこぼした。
 しかし、罵詈雑言が飛び出すかと思いきや、ギルガメッシュは不満そうに唇を噛み締めて額へ手をやると、ソファに腰掛けた。先ほどまで俺が座っていた場所だ。大人げない嫌がらせの一環というよりは、酔いが足に回って来たのだろう。ギルガメッシュはぐずぐず文句を言いながら、洗濯物の山を脇へどけて寝そべると、黒レースで覆われた形の良い足をソファのサイドへ投げ出した。丈の短いスカートの裾が捲れ、ガーターベルトが覗いている。目の毒だ。そうして、ギルガメッシュがひらりと手を振り翳して宙から取り出したのは、新しいワインボトルだった。
 もう立っていられないくらい酔っているくせに。呆れ交じりに、俺はソファの空いている場所へ膝をついて、それを取り上げた。
 「おい、呑みすぎだろ。もう止めとけよ。」
 「邪魔をするな。」
 上半身を起こし、俺の方へ身を乗り上げるようにして、緩慢な仕草でワインボトルへ 伸びてくる手をかわせば、眦を吊り上げて睨みつけてくる。躍起になって飛んでくる手を呆れ混じりに避けていると、やがて焦れたのか、ギルガメッシュの頭上に空間の歪みを感じた。まったく、こいつは。諦めることを知らない。
 新たに出現したワインボトルへ向かう手首を掴み取った俺は、思わず、その細さに目を見張った。掴んでなおゆうに余る細さだった。初めて、俺はこいつが女だという事実を心から認めた。それも、極上の生活に慣れ親しみ、労働など知らない傲岸な貴族の女だ。冬場でも教会の廊下を雑巾掛けさせられ、水仕事をさせられ、辛酸を舐めさせられ、ハンドクリームが欠かせない俺の手とは別物の、手荒れとも肉刺とも無縁の白い手だった。細く長い指の先を、小さな桜色の爪が彩っている。
 その途端、急に、密着した身体が意識されて、俺は沈黙した。アルコールの浸透した身体で暴れたギルガメッシュの息は浅く、俺の胸へ押しつけられた乳房はシャツの下で窮屈そうに弾んでいる。一度意識してしまえば、後は、怒濤の勢いだった。脚に当たる太股のむっちりとした柔らかさ、無遠慮に晒された琥珀色の喉。香水に紛れて、仄かに汗ばんだ肌の甘い体臭が鼻先をかすめた。いくらそそるとはいえ、相手はあのギルガメッシュだ。そんなことは、端からわかっていた。それでも、極上の女を前に欲望が募り、自分の中で高まる緊張にちくちくと肌が痛んだ。
 俺のそんな浅ましい欲が嗅ぎ取られたのだろう。もしかしたら、召還されてからこの方万年女日照りで、あっと言う間に固くなりつつあった障りを無自覚のうちに擦りつけていたのかもしれない。ギルガメッシュの顔が不自然に強張り、びくりと肩が跳ねた。
 「触るな、下郎が!」
 勢い良く振り払われ、俺は多々良を踏んだ。ギルガメッシュは顔面蒼白だ。俺はいぶかしんで、以前から努めて考えまいとしていた疑問をあえて軽い口調で声にした。
 「…お前、どうしてそんなに男を毛嫌いすんだよ?何かあったのか?」
 セイバーへの所有欲を剥き出しにするこいつが、男嫌いの反動で女好きになった可能性は多分にあった。かつて敵国の男か、あるいは、マスターに無理強いされたのかもしれない。マスターが男であれば、サーバントとの性交は、魔力供給に一番適している。無論、幼少期から青年期にかけて性格が変わった要因が、男関係であれば、主従契約は関係ない。
 もっと深刻な出来事があるのだろうと思いつつも、からかい半分といった調子で言えば、ギルガメッシュは押し黙った。不自然な沈黙が続く。そのときもまだ半信半疑だった俺は、ギルガメッシュを二度見した。
 「…え、マジか?お前、もしかして、女が好きっていうより男が怖いのか?」
 いや、最古の王が同性愛に走った原因だ。もっと深刻なものに決まっている。現代はまだしも、力が全てだった時代には、辱められる敗戦国の女など掃いて捨てるほどいたはずだ。兵士にとって、性欲は指揮に関わる。政略婚によって望まぬ男に嫁ぐ娘だって多かった。第一、こんな傲然と踏ん反り返る最古の王をどうにか出来る猛者がいたとも思えない。
 唖然とする俺の眼前で、白かったギルガメッシュの美貌は怒りと恥辱に首まで赤くなった。ようやく、俺は地雷を踏んだ事実を悟った。
 「……………………いや、俺が悪かった。まあ、何だ。まさか核心をつくとは思わなかった。すまん。」
 惻隠を恥と受け止めたのか。頭を振るを俺の襟元を掴み上げ、ギルガメッシュが唸る。
 「怖いはずなどあるまい!何ゆえ、我が男如きを怖がらねばならん!ふざけるのも大概にしろ!」
 そうだろうともそうだろうとも。俺は憐憫の情を催して、言われるがまま、何度も首肯した。その態度がギルガメッシュには腹に据えかねたらしい。何度か唇を開閉し罵詈雑言を浴びせようとしてから、やがてかける言葉も見つからなかったのか、ギルガメッシュは言葉を呑みこんだ。わなわなと震えている肩は華奢で、とても暴君のそれとは思えない。
 怖ろしい沈黙を挟んでから、ギルガメッシュが歯ぎしりした。
 「良かろう。それほどまでに言うのであれば、我が貴様ら下等な雄など微塵も恐れていないと身をもって教えてやる。」
 ソファに背を預けたギルガメッシュが長い足を組み直し、爛々と光る眼で俺を見上げてくる。そして、傲慢な仕草で顎を上向けた。
 「許す。せいぜい我を愉しませてみよ。」
 差し伸べられた手の甲は型どおりの忠義を命じ、俺の諾否の行方を疑う様子もない。このあほ女は。俺は髪をぐちゃぐちゃに掻き乱してから、大きく嘆息した。こうなれば、自分を偽ってみても始まらない。端から、俺の答えなど決まっていた。据え膳食うに決まっている。幸いにして、ジーンズの尻ポケットにはコンドームもあった。
 やけくそになって手を取りキスする俺に、ギルガメッシュは満足そうに目を眇めて笑った。だが、その手は微かに震えていた。


 急に口を噤むギルガメッシュをソファへ横たえ、その足の間に膝をつき、シャツの釦を外していく。ぷつりぷつりという音が、テレビを破壊されて静けさの顕著な室内でやけに耳についた。
 心臓がばくばく言っている。情けないことに、俺は柄にもなく緊張しているらしい。気分は童貞だ。
 キャミソールは逡巡した末、鎖骨辺りへたくし上げた。白い形の良い乳房をワイヤレスの紅いブラジャーが覆っている。俺がネットに入れるよう口をすっぱくして言ってみても、いつも洗濯篭に放り込まれているそれは、見慣れているものにもかかわらず、腹の底から興奮とそれに伴う実感が押し寄せて来た。
 不自然な沈黙を守るギルガメッシュの薄い背へ腕を回し、上半身を起こさせて、ホックを外す。ブラジャーと一緒にキャミソールも取り払い、居心地悪そうに視線を彷徨わせる眼前で、俺はTシャツごとパーカーを脱ぎ捨てた。自慢の胸筋にも、ギルガメッシュは心動かされた様子はない。思うに、ギルガメッシュは 空気抵抗のない胸を愛でる傾向にあるようだ。俺は乳房こそないが、胸筋があるから、守備範囲外だろうか。少なからず気落ちして胸元へ手をやると、ギルガメッシュはおかしなものを見る目で俺を見やった。蔑視が痛い。ようやく目にしたギルガメッシュらしさに、俺は内心胸を撫で下ろした。
 覆い被さり、仰向けになり脇に流れてしまった乳房を寄せ上げて、その感触を楽しむ。手の平に裕に余る乳房は、指先の力加減に沿ってふにゃりと形を変えた。叱責覚悟で、親指の腹を愛らしく色づく乳首へと這わせる。しかし、ギルガメッシュは僅かに肩を揺らしただけで、与えられた快感を甘受していた。手の平越しに感じる脈拍は、俺のに劣らず早い。
 乳首を捏ね繰り回すうちに、性感を恥じるように逸らされた顔からは、妙な堅苦しさが消えつつあった。代わりに生じ始めたのは、紛れもない興奮だ。ゆっくり立ち上がり始めた乳首に堪らず舌を這わせる俺の頭を掻き抱き、鼻から抜ける嬌声を漏らしながらギルガメッシュは腰をひねった。
 くっそ、ギャップが心臓に悪い。俺の暴君がこんな可愛いはずがない。
 無駄のないくびれを撫ぜる手が些か猥雑になってしまったが、芯からの快楽主義者は、早くも与えられる未知なるものに流され始めている。仰け反る白い首を狗のように軽く噛んでから、舌を這わす。間に膝を入れられてままならないものの、しきりにもじつかせようとする足の間に軽く触れると、そこは下着越しにもわかるほど湿り気を帯びていた。
 きっともう噛み切られることはないだろう。高揚で思考のかすんできた俺は、微かな喘ぎ声の漏れ始めた唇へ指を入れて、ギルガメッシュに舐めさせた。普段なら絶対にしようとは思わない愚行にも、ギルガメッシュは鷹揚に応じただけだった。
 涎で濡れた指を下着の間から差し入れる。そこにはあるべきははずの下生えがなく、あふれ出た愛液で指先がぬるついた。邪魔になった下着を膝下まで押し退け、痛みではなく快楽だけ与えるよう努めて優しく、守られたクリトリスを濡れた中指で擦る。
 ギルガメッシュがイくのは、驚くほど速かった。びくんと身を捩り、いつになく甘えた態度で、俺の背へ感情剥き出しで爪を立てて法悦に身を任せるギルガメッシュのとろんとした眼差しを見た瞬間、ぷつんと、我慢の限界が訪れた。俺は勢い良く上半身を起こし、荒く息吐くギルガメッシュの上で、きつくなったジーンズのベルトとフロントホックを外した。興奮にもたつく指は不器用で、これほど焦れたことはなかったように思う。
 半けつという間抜けな格好で尻ポケットに押し込んだコンドームを探り当てている俺の首へ、白い腕が回された。一瞬、このままくびり殺されても良いという不穏な考えが俺の頭を過ったが、そんな素振りを見せず、ギルガメッシュは俺の固くなったものを下腹に押し当てて囁いた。
 「何をしている、狗。早くしろ…お前が、欲しい。」
 抱き寄せられた肌は、しっとりと汗ばんでいる。自制心に止めを刺された俺は、命じられたまま、ギルガメッシュの中へ侵入を開始した。閉ざされた門をこじ開けられる痛みに、ギルガメッシュの眉間にしわが寄る。
 初めて、なのだ。
 てっきり、男に無体を働かれたものだと信じ込んでいた俺は、その衝撃の事実に、視界が赤く染まった。力の抜き方がわからないのか、ぎちぎちに締めつけてくる中を力技で捩じ伏せて、俺は邁進した。まるで童貞みたいな真似をして大人げなかった、と反省できたのは、後になってからのことだった。
 それでも、しっかり濡れたそこは痛みを緩和したらしい。頬を火照らせ、胸を激しく上下させるギルガメッシュが得意げに俺を見上げてきた。状況が許せば、例の如く踏ん反り返っていたことだろう。
 「ふん…これでも我が男を恐れているなどと妄言を吐くか?」
 そううそぶく唇は、溢れ出る欲望を隠そうともしない。俺は答えず、小癪な口を自分のそれで塞ぐと、むっちりした太腿を抱え上げて、狗のように一心不乱に抽挿を開始した。
 無論、膨大な快楽に溶け切った頭でも、俺はぼんやりと悔い始めていた。何しろ、最後の一線だけはと、ギルガメッシュへの唇へのキスは控えていたのだ。それにもかかわらず口づけてしまったのは、あまりに得意げに胸を張るギルガメッシュがあまりにも愛らしすぎたせいだった。


 我に返ったのは、散々睦みあった後だった。時計を見やると、すでにバレンタインは過ぎ去っていた。
 身を預けてまどろむギルガメッシュの肌には、あちこちにキスマークが散っている。項には、興奮を抑えきれず仕出かした歯型が痣になって残っていた。これでは、本当に盛りのついた狗だ。次第に募る恐怖と後悔に青褪めている俺の胸へ手を這わせ、ギルガメッシュが足を絡めてきた。
 蠱惑的な紅い唇から綺麗な歯並びが覗く。ルビーのような瞳は劣情に濡れていた。思わずぞくりとする俺の耳元で、ギルガメッシュは囁いた。
 「なあ、バビっても良いか?」
 それはいわゆる独占欲の現れ、だと思う。
 乾いた笑い声を立てた俺の口は、ギルガメッシュのそれで塞がれた。











初掲載 2012年2月26日