未来の人類の叡智とは、本当に、良いものだ。
急にこんなことを言い出すと、いぶかしむ人もいるかもしれない。そんな人には是非、コタツを試してもらいたい。私が奮闘している時代ではどだい無理な提案だが、もしあなたが未来の人間であれば、可能かもしれない。
その晩、私はコタツで酒を飲んでいた。お前の時代にコタツも酒もあるものか、と疑う人もいることだろう。しかし、実際にあるのである。
私には、神より遣わされたサポート役がいて、その名をルシフェルという。神の寵愛深く、その美貌と知性は何ものにも勝るべく創り出された最初の天使だ。創生の混沌のような漆黒の髪に、生命の源たる血のごとき真紅の目、神より分け与えられた力を表す純白の肌を持つ非常に美しい天使だ。
そのルシフェルは、後に2011年と呼ばれる時代の叡智を大変気に入っていて、こうして何事かあるたびにその叡智を振りかざして見せるのだった。まるで子供が、自分だけが持っているおもちゃを見せびらかすようなものだが、このときの自慢高々な顔つきがまた可愛いのである。ふっへへ、と笑いながら、ルシフェルは5センチ上から私を見下す。当人は見下しているつもりなのだろう。しかし、私に説明させてもらえば、上目遣いの下目遣いである。鼻っ柱を折ってやりたい、と悶々としてしまうことも間々だ。
生きる時代が異なるあなたには無理だろうが、できることならば、見せてさしあげたいくらいだ。どや顔、というのだろうか。ルシフェルに言わせれば、「それはきみお得意の顔だろう。」とのことなのだが、大丈夫だ問題ない。あなたは美しく可愛らしい。それだけわかっていれば、大丈夫だ。だから、問題ない。
ともあれ夕食後、私がコタツでニホンシュなる酒をユノミなる叡智で温めて呑んでいると、向かいに、アークエンジェルとの会合を終えたらしいルシフェルが入って来た。ダンボウをつけているとはいえ、ぬくいコタツの外はそれなりの寒さである。
思わず肩を竦める私に、ルシフェルは「ふっへへ、悪いな。」と笑いながら、ちっとも悪びれた様子を見せずに、私のユノミへ手を伸ばした。部屋の外は寒かったのだろう。今日は珍しく髪が長いので理由を尋ねてみると、「寒いから、マフラー代りにね。それに、今日はうるさいのが来てたから。」
ミカエルさまのことだろう。
そんなに寒いのなら室内で話し合えば良いのに、などと門外漢の私は思うのだが、ルシフェルもアークエンジェルも「これは部外秘なので。」と首を振る。「ならばせめて、本来のアストラル体に戻れば良いではないか、あるいは服を着るとか。」と不思議に思って返せば、「だって肉体があって寒さを感じなければ、炬燵の良さがわからないじゃないか!それにこれはただの服じゃないぞ!人間の叡智だ!大体きみみたいに寒いからといってファッションセンスの欠片もないほど着込んでいる人間に言われたくない!」と、ルシフェルは血相を変える。当然のように、その力説の間、アークエンジェルは場を濁す笑みをたたえ続けている。心境としては首を傾げる私に近いが、だからといって、天使長の意見を否定するつもりもないのだろう。なるほど、これが処世術というものか。
そのときは、あまりの寒さに、私もわざわざ藪を突いて蛇を出す気になれず、新しいユノミへと手を伸ばした。ルシフェルは私が使っていたユノミを両手で抱え込み、離すつもりがなさそうだ。両手で持つさまが可愛らしい、と惚気てしまえばそれまでだが、それにしてもこの大天使、いちいち所作が可愛い。おしゃべりな口を閉じているときや、神の御前に出たとき、堕天使相手に終わりを宣告したときなど、ふっとした瞬間は、あまりの神々しさに目が潰れるかと思うほど美しいのに、どうしてこれほど可愛らしいのだろう。
じっと見つめる私の眼前で、ルシフェルは熱いニホンシュを立て続けに2杯呑み干した。あれほど白く美しかった肌が、見る間に赤らんでいく。これは少し拙いんじゃないか、と、酔っぱらってうまく働かない頭の片隅で私が眉をひそめる間にも、ルシフェルは更に1杯呑み終え、形の良い爪に彩られた白魚のような指を伸ばして、ニホンシュのオオビンを掴んだ。事情を何も知らないものが見れば、ルシフェルは完全にできあがっている。
幸い、ナンナはすでに就寝した後だった。元々、この時代の人間は早寝早起きが習慣づいている。そもそも、陽が落ちた今なお、火を掲げることもなしに起きている私たちの方がおかしいのだ。夜も更けきったこの時間には、人間だけでなく獣すら眠りに落ちるのが普通である。実際、私の斜向かいでは、ネフィリムがぐっすり夢に戯れている。
存在自体が過ちなのであまり知られていないが、ネフィリムという生き物は、意外なほど重量がある。
かつて一度だけ、ルシフェルは、「浮揚効果を発揮するアストラル体が存在しないから、彼らはこれだけ重く、地に近いんだ。肉体を持つ生き物の本質は、アダム同様、土くれだからね。重くて当然さ。」と説明してくれた。そのときの私は、とりあえず頷いていたのだが、良く分からなかった。ルシフェルの話は難しくて困る。ルシフェルも私が解っていないことを解っているからか、「きみは人の話を聞かないからな。書記官なのに大丈夫か?」「大丈夫だ、問題ない。」「そうか。」肩を竦めてみせた。
問題のネフィリムはそれなりの大きさに育っているので、私にも運ぶことが出来ず、ナンナも今夜ばかりはベッドのお伴を諦めざるを得なかった。ルシフェルがいればまた話は別なのだが、そのときは会合に出ていたのだ。サポートにはならない。
そういう事情で、コタツには、私とルシフェルとネフィリムの3者が存在した。私はルシフェルの帰りを待つ間、十分ニホンシュを堪能したので、眠くて、これ以上起きているのは正直苦痛だった。しかし、ルシフェルを一人にも出来ない。折角待ち続けたのだから、寝る前に少しくらいおしゃべりをしても良いんじゃないか。それに、天界で目にして以来の長髪ルシフェルが酒を嗜んで赤く染まっている様子を、私はいつまでも眺めていたいという欲求を抑えられなかった。だが、同時に、これ以上見続けていたら最後の一線を踏み躙ってしまうんじゃないかという不安も十二分にあった。
冷静と情熱の間で悶々と苛まれる私の心境が、あなたにはわかるだろうか。
ルシフェルはそんな私を意に介さず、肩までコタツブトンに埋めると、幸せそうに頬を緩ませてテーブルへ突っ伏した。
「ちょっと、イーノック。もうちょっとそっちに行ってくれないか。私の長い脚が伸ばせないんだ。」
言外に、「私は足が長いんだぞ。」と自慢するルシフェルもまた可愛らしい。私はついにこにこしてしまう。それを、ルシフェルは「きみは話を聞かない」状態だと思ったらしい。少しふてた顔でぐいぐい足を伸ばして来た。
ちょ、ちょっと、ルシフェル。待ってくれ、そこは。
「ろっとお?何だ、これは。」
ルシフェルの小さな足が、何ら意図せずに、私の股の間をぐいぐい押した。
いくら着込んでいるとはいえ、それは上半身の話だ。コタツのサポートもあるし、下半身はいつも通り、下着にEDWINだけの心もとない装備である。その装備の上から繰り出される、蹴ると表現するには些か柔らかい攻撃は、私を退けるための行為であるにしても、正直、ものすごく気持ち良い。優しく踏まれ、円を描くようにこすられ、一体何の因果だ。どんな据え善だ、これは。
耐えきれずに身じろぎ、腰を引こうとする私の真っ赤な顔を見て、ルシフェルはようやく合点がいったらしい。天使であるルシフェルは経験こそないが、未来の人間の叡智に惹かれて変な書物を読み漁るだけあって、やたらこういう人間の生理現象に詳しい。ルシフェルがわざとらしく私のアーチをなぞりながら、人の悪い笑みを浮かべて、小首を傾げた。
「ふっへへ、どうしたんだイーノック。顔色が赤いようだぞ。コタツが暑いのか。呑みすぎなんじゃないか?早くコタツから出て、寝た方が良いぞ。」
今、口を開けば、変な息が出てしまいそうだ。仕方なしに大きく上下に頷くと、ルシフェルは前以上に嫌な笑みをこぼした。ナデェといやらしく這わされる足の甲が、袋を押し上げる。まずい、ガーレが飛び出しそうだ。このままでは、いたずらにアセンションしてしまう。
耳まで赤くした私が目を上げると、にっこり不敵に微笑むルシフェルと目があった。
この大天使、自分にアーチがないから、調子づいている。
わかって欲しい。かちんと来たのだ。あなたとて、私の立場ならかっとなるに違いない。私は反撃に打って出た。攻撃は最大の防御というではないか。私はたおやかな足から繰り出される攻撃を避け、完全に油断しているルシフェルの射程範囲に潜り込んだ。
ナデェ。
「ひゃっ、ちょ、イーノッ!」
思いの外高い声を上げて非難を示すルシフェルに構わず、反撃を続行する。確かに、ルシフェルにアーチはないかもしれない。だが、私は知っている。攻撃性を生み出すアーチの代わりに、ルシフェルは神から受容を生み出すものをもたらされた。つまり、女性の、その、何だ、閉じられたベイル的な何かだ。
ルシフェルは天使だから、彼のベイルは、いまだかつて破られたことがない鉄壁の防御を誇るに違いない。自分で想像したことながら、そのことに、不謹慎にも私はいたく興奮してしまった。目の前で頬を赤らめて戸惑うルシフェルの姿も助長を促し、俄然反撃に熱がこもることとなった。幸い、私にはクツシタなる未来の人間の叡智を嗜む習慣がなかったので、足の裏ごしに、ルシフェルが快感に身を震わせるさまが手に取るようにわかった。足だから、手に取るように、というのもおかしな話だが。
不慣れな状況に足元をすくわれ、撤退しようとするルシフェルの背に一方の足を引っ掛け、逃亡を阻止する。ルシフェルは忘れているかもしれないが、私と彼の身長差は5センチだ。それほど、私の足の長さも捨てたものではないだろう。もう一方の足で思うまま、好き勝手弄ってやると、眦に涙を浮かべて跳ねるさまが可愛らしくてしょうがない。どうしてこんなに可愛らしいんだ。
私のアーチはさっきの防戦以降、何ら干渉を受けていないにもかかわらず、いきり立ち、ジーンズを勢い良く押し上げていた。あまりの張りつめように、痛いくらいだ。もし、今、ルシフェルが反撃してきたら、私は呆気なく敗北を喫することだろう。
そうは言っても、過程は単なる過程である。私は情け容赦なく、ルシフェルを追い詰めて行った。テーブルに突っ伏し、膝もすり合わせて、必死に防衛しようとするので、私は形の良い尻まで足の甲を差しこみ、ルシフェルが守ろうとするものを引きずり出した。そのとき、ぬるりと足の甲が濡れたのは、私の気のせいではない。どうやらこの大天使、感じやすいようだ。
ついつい冷静に情熱が勝ってしまい、結果、少々手荒い行為となった。だが、言い訳にすぎないとわかってはいるが、私だけに非があるとも思えない。我ながら焦る一撃にも、ルシフェルは大きく肩を跳ねさせるだけだった。両手で押さえつけられた艶めかしい唇からは、殺し切れない、悲鳴めいた嬌声ばかり発している。感じているのだ、ルシフェルは。天使を束ねる長たる身分であるにもかかわらず、下等な人間如きに足蹴にされて。
すまない。身分を意識して興奮してしまうのは、私の悪い癖のようだ。直すよう、善処しよう。…「大丈夫だ、問題ない?」そうだろうか。私にはそうも思えないが、あなたがそういうなら、きっとそうなのだろう。ルシフェルも感じてくれているようだし。
驚いたのだろう。斜向かいで寝ていたはずのネフィリムが、寝ぼけ眼を瞬かせて、周囲を見回した。とはいえ、目に見える範囲では何ら異変のない、普通の光景である。ネフィリムは首を傾げた。しかし、残念ながら、知性のない彼らにわかるはずもなかった。それを私は知っていたし、利用した。
そもそもこんな、性欲と対極にあるべき清廉なる天使の霰もない媚態を見せつけられて、止まれるようならば、そいつは男ではない。
幸か不幸か、私は男だった。
散々甚振り焦らした末に、私がルシフェルの小さなアーチ的な何かがあると思われる場所を押すと、ルシフェルはびくんと大きく震えて、テーブルに突っ伏した。ばさ、と白く美しい無垢なる翼が視界いっぱいに広がった。まるで打ち揚げられたばかりの魚のように、肢体が跳ねている。
荒く息を吐くルシフェルに、ネフィリムは再び小さな眼を瞬かせて驚きを表したが、すぐに眠気が勝ったらしく、うとうとし始めた。
それなりの時間、ルシフェルはコタツに寝そべっていた。はたはたと熱気を冷ますように、翼がそよめいた。その間に放たれた言葉は、「べたべたして気持ち悪い。」の一言のみで、本当に気持ち悪かったらしく、ルシフェルは目に入れても痛くないほど愛用しているEDWINをコタツ脇へと脱ぎ捨てた。ちょっと待て、ということは今、コタツの中は裸か。
思わず硬度を増すアーチを必死に宥め、私は戦々恐々としていた。カッとなってやった、反省はしている、状態だ。
じろりとルシフェルが睨みつけて来た。
「……きみは、こんなことをしてただで済むと思っているのか。」
「大丈夫だ、問題ない。」
と、思いたい。
私がやりすぎたことは、潔く、認めよう。だが、先にいたずらしてきたのはルシフェルの方じゃないか。私はぐっと反論を呑み込んだ。反論するには、私は、あまりに墓穴を掘りすぎていた。それに口を開いたが最後、「抱かせてくれ。」と禁句を口にしながら、どや顔してしまいそうだ。
長い黒髪が、汗で項に張り付いている。しっとり汗ばんだ肌は酒と欲情とに赤らみ、上気した頬と欲求不満に燻ぶる目が、異様な色気を醸し出している。私は慌てて目を背けた。このままでは、本当に、最後の一線を踏み躙ってしまいそうだ。実際、私のアーチは爆発寸前である。つい迸る情熱に抗いきれずここまで仕出かしてしまったのだ、その先もやってしまわないとも限らない。
私には頭を冷やす必要があった。しかし、残念ながら、手近にはニホンシュしかない。仕方なしに、私がそれを煽ろうとすると、ルシフェルに奪い取られた。今日、ルシフェルにユノミを奪われるのは、これで2回目になる。勢い良く呷るルシフェルの首筋を、ニホンシュが零れ落ちる。ルシフェルは呑み切れず溢れたニホンシュを手の甲で拭い、私の見間違いでなければ、滾りきった情欲に目を潤ませて、吐き捨てた。
「きみはこれ以上呑むべきじゃないよ。」
ルシフェルがふらつきながらコタツを立ち上がると、何にも覆われることのない麗しき半身が現れた。何と美しく、清廉で、いやらしいことか。幼子のごとき無毛のそれからは、恥ずかしげもなく蜜が滴っている。内股を伝うものは足首へ向かい、そうでないものは、直にカーペットをぱたぱたと汚した。目を逸らすべき私が、思わず、凝視してしまったのも、あなたにはわかってもらえることだろう。わかってもらえればと思う。
呑みすぎか感じすぎかはわからないが、ルシフェルは足腰が利かないらしく、ずいぶんとふらついている。情熱に冷静が珍しく勝利し、心配し始めた私の前で、ルシフェルはとうとうぺたりと尻もちをついた。
そして、肉欲に火のついた目を潤ませ、こう言ったのだ。まるで、悪魔のような笑みを口端に湛えて。
「確か、人間の男は呑みすぎると勃たなくなるんだろう。そうなる前に、そのいきり立つアーチで私を楽しませてくれないか?」
情熱が振り切った音が、あなたにも聴こえただろうか。当然のように、冷静なんてどこかに消え去ってしまった。何度も言うが、性欲と対極にあるべき清廉なる天使の霰もない誘惑を受けて、止まれるようならば、そいつは男ではない。
眼前では、愛らしく両手を広げて、ベッドへのお持ち帰りを強請る大天使。そして、私の痛いくらいに張りつめたアーチ。
あなたにもおわかりいただけただろうか。何故、私が急にあんなことを言い始めたのか。
コタツとは、ニホンシュとは、いや。
未来の人類の叡智とは、本当に、良いものだ。
初掲載 2011年1月19日