暖冬だという話である。
地球温暖化の影響でますます暖冬になるらしいが、ひとまず佐助は近年稀に見る暖冬を前に、だから目の前の人物たちは薄着なのだろう、と納得しようとした。
当然、納得できるわけもなかった。
「なんで、俺様のアパートで、そんな格好で、いるわけ?」
想像以上に固くなった声に、目の前の人物の片割れである政が眉を顰めたが、そんなのは知ったことではない。佐助が顔を顰めたいくらいだし、むしろ、そうしても何にも問題はない立場にいるはずだ。しかし佐助は、政とは対照的に心底慌てた様子の幸村に少しばかり溜飲を下げ、手に持ちっぱなしだったスーパーの袋を床に置き、立ち続けているのもなんなので、一番近くにあった椅子に腰を下ろした。そもそも、ここは佐助のアパートだ。家主が立っている状況の方がおかしい。
いや、そもそも、というならば。
「ささささささささささ佐助これはけ、決して疚しい意味はなくてだな!」
「そうはとても見えないけど、疚しい意味がないなら何があったの。」
佐助は視線を下ろし、目を眇めた。
「そんな半裸で。」
慌てふためきすぎて混乱を催したらしい幸村に溜め息を吐き、半ば以上既にボタンを開けてあった幸村のシャツから手を離すと、政は幸村の膝から降りた。
「別に。」
「別に、でそんな状況になるはずもないでしょ。」
お前ら本当に人様のアパートで何しようとしていやがった。
ひくりと強張る笑みをそれでも無理矢理張り付けて尋ねてみれば、政が隻眼で睨みつけてきたが、そんなことには慣れている佐助にはどうってことなかった。今問題なのは、図らずしも上目遣いの政ではなく、幸村と政が何をしようとしていたかなのだ。
「ていうか政ちゃんの彼氏は、俺様なわけだよね?一応、確認しておくけどさ。俺様の誤認とかではなくて。」
現実逃避したい心境による若干ずれた問いは止め、言葉にした途端圧倒的な現実感を伴った内容に、佐助は内心怒るよりも慌てた。
そりゃあ、大好きな彼女が浮気をして(それも、彼氏のアパートで、渡したばかりの合鍵を使い、彼氏の親友と)いたら怒って当然な状況だ。しかし、元々佐助よりも幸村とお似合いと持てはやされていた政が、何がどういうわけで佐助と付き合うことにしたのか、佐助自身わからなかったし、「幸村とお似合い」の政が佐助を捨てて幸村の元へ行ってしまうのではないかと不安だった。
佐助がここで怒ったら、丁度良かったとすっぱり縁を切ってしまうんじゃないか。笑顔で。
そうなったら、佐助は立ち直れそうもない。というか既に、捨てるだなんて言わないで、と先走って泣いて縋り付いて懇願しそうだった。
「だから別に何もなかったっつってんだろ。」
そこは無駄に敏い政だ。佐助の内心を読み取ったのか、眦を吊り上げた。
「雨の中外で幸村がテメエのこと待ってたから部屋ん中に入れて風呂入れたから入れっつってもテメエの許可なしにはって拒否るから無理矢理脱がしてぶち込もうとしてただけだ!」
ついでに顔を狙って投げつけられたタオルはどうにか受け止めたものの、佐助は二の句を告げなくなってしまった。よく見る間でもない。タオルで若干拭いたようだが幸村は全身ずぶ濡れで床には水溜りが出来ているし、政はシャツに短パンの風呂上り後の普段着だった。アパートに来る途中で政も雨に濡れたから、幸村の先に風呂に入ったのだろう。佐助自身、スーパーに夕飯の買出しに行っただけで盛大に濡れてしまったから、帰宅後は風呂にでも入って一息つこうと思っていたのだ。帰ってきたら、まったりしたいという思惑に反して、部屋は修羅場の様相を呈したが。
「そっか、そっか。うん、そっかそっか。」
佐助は腹の底から安堵して大きく嘆息した。
「とりあえずわかったから、旦那は風呂にでも入ってきなよ。」
疑ってごめんと言って、済ませられるはずもない。佐助には、甘く囁くなんて芸当はできないし、相手は政だ。
「ほら早く。その後、俺様入るからさ。」
佐助は満面の笑みで幸村が風呂に向かうのを見送った。
傷口にお湯は沁みるだろうが、それくらい受けて当然の罰だ。
パタンと軽い音を立てて扉が閉まる様を見届け、振り返ると同時に飛んできた重い拳をかわすことが出来なかったのは、佐助が甘んじて受けたからではない。佐助は放物線を描き、見事に宙を飛んでいった。着地場所がベッドの上だったのは、きっと政の思いやりだろう。
初掲載 2007年3月8日