隗より始めよ 第三話


 面白いくらい晴れ上がった空は、まさに、結婚日和と言ったところか。しかし、当事者の一人である佐助は浮かない面持ちで、もう一人の当事者である政宗に声をかけた。
 「殿さん。」
 佐助の呼びかけにも、政宗は背を向けたまま答える様子がない。どうやら自分が誤ったらしいことに気付き、佐助は不承不承呼び直した。
 「政宗。」
 今度は目で、何だ、と政宗も応えたので、佐助も言葉を続ける。
 「これ、ちょっと、俺の予想と違うんだけど。」
 そりゃ、そうだ。誰が、佐助が白無垢をまとうと予想できただろうか。当然のことながら、佐助にだって予想できなかった。しかし、紋付袴の政宗は、かえって不思議がる様子で佐助に訊いてくる。
 「だって、嫁はアンタじゃねえか。嫁が嫁入り衣装まとわないで、誰がまとうんだよ。」
 「…政宗とか。」
 「嫁は佐助、お前だ。」
 「……。」
 嫁入り衣装と呼ばれる衣装なわけで、嫁入りするのは佐助なわけで、そう考えれば確かに、佐助が白無垢でもおかしくはないし、むしろ当然とさえ思われるのだが。いや、しかし。
 そういう問題でもないんじゃないか、と思いながら、佐助はやるせなさに溜め息をこぼした。
 「俺、政宗の花嫁衣裳が見たかったよ。」
 「……見たって面白くねえよ、んなもん。」
 「そう言わないでよ。そりゃあ、政宗は何もしなくったって美人だけどさ。でも、ちゃんと着飾ったら絶対綺麗だと思って、すっごい楽しみにしてたのに…俺様がこのザマだし。」
 そこで、ふと違和感を覚えて目を巡らすと、政宗が横を向いて何もない壁を睨んでいる。その耳が赤いのを見て取り、佐助は微笑ましさから思わず口元を緩めた。
 最近、初恋にいっぱいいっぱいだった佐助にも、些か余裕が出てきて、政宗の心情が読めるようになってきた。まさか、天下の独眼竜が、一介の忍びごときにこのような言葉を贈られるだけで舞い上がるなど、誰が知るだろう。相手の言動に一喜一憂しているのは、自分だけではなかった。その事実は、これ以上ないほど佐助を勇気付けた。
 どうも佐助がそのことに勘付いた事実を察しながらも、きちんとした対抗策を練ることも出来ないまま歯痒い思いをしている政宗が、不審がって目を向けてくる。その頬は、紅を差したように赤く色付いている。
 幸せだな、なんて、忍びらしからぬ実感を覚える。そうすると、もう、自分が白無垢でも良いや、と思えるから不思議だ。
 「愛してるよ、政宗。」
 自然と湧いてくるその言葉を告げるため、眼差しにありったけの愛情を込めて、佐助は政宗を見つめた。
 「幸せになろうね。」
 そう言って佐助は、顔を紅潮させて押し黙る政宗へ笑いかけて、砂糖菓子のように甘い口付けを落とした。


 嫁き遅れなんて言ってごめん。今日を待っててくれてありがと。








初掲載 2009年5月5日