屋根の上は風が強かった。風に浚われ首筋に纏わり付く髪に、政宗はいつの間にこれほど時が経っていたのだろうと思った。彼と出会った当初、まだ髪は襟足も短く、男と見紛う長さだった。
感慨深さに浸りながら、もう遠ざかり姿の見えない遥かを眺めている政宗に、いつの間に隣にやって来たのか片腕の小十郎が嘆息した。
「猿め…とんでもないものを盗ってゆきましたな。」
「…俺は何も盗られてない。それどころか、あいつは取り返してくれた。」
そう言って、政宗は左手の薬指に嵌められた指輪に目を落とした。伊達家に代々伝わるもので、青い玉が付けられたそれを佐助は取替えしてくれた。
そしてその上で、佐助は指輪を政宗に嵌めて満足そうに小さく笑った。
「ああ、もうこれで大丈夫だよ。姫さん。」
落とされた口付けの熱さが指輪を通して伝わってきそうで、どうせなら、とは言わなかったが政宗は密かに思った。どうせなら、唇に口付けてくれれば良いのに、そうしたら俺も当主の座なんて放り出して、その手を取って逃げるだろうから。ただそれだけで、俺も連れてってくれと言い出せるのに。
勿論、そんなことを言えるはずもなく、政宗は絶対に忘れたくないと強く願った。理由はわからない。ただ、この瞬間を忘れれば必ず後悔すると、何かが政宗に囁いていた。
家が放り出したい訳でもない。家督の義務から逃げたい訳でもない。何故、この男に付いて行きたいと思うのだろう。
わからなかった。
遠方を見詰める政宗の姿に、小十郎が憂いに顔を曇らせた。
「…否、やはり、奴は政宗様の大切なものを盗ってゆきました。」
「何を?」
「――貴女の心です。」
ぽたりと心に落ちた言葉は、じわりじわりと波紋を描いて実感を広げていった。政宗は瞬きして、小さく呟いた。
「そうか…、そうだな。」
初恋は去ってしまった。もう二度と、戻らない。
じゃあやっぱり唇に口付けてもらうんだった、と政宗は一人思って笑った。
初掲載 2007年10月27日
元ネタ : カリオスト○の城