梔子。橙。曙。藤。一斤染。鳥の子。鴇。桜。洗朱。萱草。唐紅。黄丹。浅緋。薄灰桜。麹。竜胆。瑠璃。紫苑。菫。浅滅紫。撫子。京紫。菖蒲。鬱金。黄檗。紅。桃。
「染井吉野、芝桜、春紫苑、向日葵、朝顔、薔薇、松葉菊、サルビア、夾竹桃、白粉花、連翹、金木犀、秋桜。」
颯爽と歩きながら次々に花を指で示す政宗の、学校指定の灰のコートが風に靡いて揺れている。綺麗にアイロンの当てられたスカートのプリーツが何処か愛おしさを感じさせ、自転車を牽いてその後ろを付いていた幸村は、思わず目を眇めて笑んだ。制服から覗く手足は白く、少年のように生真面目なほど真っ直ぐだ。所々色素の薄い髪から時折、綺麗な形の耳が寒さに色付いているのが見えた。冬も近い晩秋の午後。麗かな日差しは暖かかったが、かえって日陰の寒さは応えた。
「冬になろうってのに、四季折々の花が色取り取りに咲いている。なら、この世界は俺たちの求めた世界なのか?約束された世界…極楽、浄土、天国。呼び名なんざ何でも良い。」
そう言って政宗が振り向いた。直角の動きは男ならではの乱暴なもので、女の柔らかさや優しさはない。変わることないその所作に幸村は近寄り難さを覚えた。懐かしい昔の記憶が掘り起こされて胸を騒がせる。手合わせしたいと強く思った。殺し合いたいのかもしれない。否、と幸村は否定した。否、己は殺し合いがしたいのだ。戦と切り離された現代で、にも拘らず、殺めたかった。
皮肉そうに口端を歪め、政宗が幸村に笑いかけた。
「これが楽園なはずがない――単に狂っているだけだ。」
「それでも、咲き誇る花は美しい。」
幸村の返答に政宗は僅かに目を見開き、可笑しそうに唇を吊り上げた。その瞳に懐かしい渇望の色を見て、幸村も思わず微笑み返した。
「そうでござろう?例え世界が移り変わろうと、某は政宗殿を美しいと思う。」
「あんたにとっちゃ、俺が、花か。」
「盗人にとっては花であろう。」
「ははっ。盗人?兵の間違いだろ、あんたは。」
花のような笑みを零し、政宗は幸村の胸をとんと突いた。昔日と同じく、黒革を白いガーゼの眼帯へ変えた隻眼に殺気が過ぎる。それを見て幸村は政宗も変わらないのだと知った。結局、世界が移り変わっても、己とかれとは死合いたいのだ。得物を手に出来ないことが非常に残念に感じられた。
「でもまあ。」
政宗は小首を傾げた後、爪先立ちで目線を合わせた。真っ直ぐ重なった瞳に、再び何か強く色彩が浮かぶ。それが何かを悟りきる前に幸村の首に政宗の細腕が絡みついた。衝撃に手放しそうになった自転車のハンドルを握り直し、幸村は頬をくすぐる髪元を見た。
幸村の肩口に顔を埋めた政宗が額をすりつけ、甘えて告げた。
「なら、枯らすも散らすも手折るも咲かすも、あんた次第だ。」
「…某、次第でございますか。」
「そう、あんた次第。」
すぐさま返って来た肯定に幸村は小さく笑い声を洩らし、その冷たく柔らかい肢体を手折らぬように片腕で優しく抱きしめた。
殺めたいのに愛おしかった。愛おしいのに、殺めたかった。
初掲載 2007年10月22日
幻相 : まぼろしのようにはかなく無常なありさま。