犬の教育で重要なことは、悪いことをしたらすぐさま注意しなければならない、ということだ。時間を置けば、何故、犬は注意されたのかその理由を悟れないから。
しかし幸村は確かに犬といえば犬である犬神ではあるが、その前に、人型を持つ神だ。その場合、教育はどうしたら良いのだろう。
「幸、」
黙りこくってシカトを決め込む幸村に、政宗は頬が引き攣るのを感じた。
非常に珍しいことではあるが、今回幸村を怒らせたのは政宗だった。そのことに関しては、政宗も非常にすまないと思っている。思わず下手に出て、機嫌を取ろうとする程度には。
名を呼んでも振り向かない幸村の肩に、政宗は己のたおやかな白い手をそっと置いた。常ならば想像もできないほど柔らかい、それでいて褥にいるかのような艶めいた声で再び名を呼んだ。
「幸村、」
声にあわせて尻尾が一度大きく上下し、耳がぴくりと動いたが、それでも幸村は振り向かない。政宗はいつの間にか自分を追い越した幸村の背中を、とうとう耐え切れずに睨み付けた。
教育?そんなもの。そもそも政宗は、幸村のオカンでも乳母でも飼い主でもないのだから、何故、わざわざ躾をしなければならないのか。
(…俺がいつまでも下手に出ると思ったら大間違いだぞ。)
愛護団体なんぞクソ喰らえ。政宗がムカついたら、怒る。躾ける。それが伊達流教育だ。政宗はすっくと立ち上がった。
「おい!」
「きゃん!」
ぎゅっと踏まれた尻尾の痛みに耐え切れず、幸村が悲鳴を上げた。ようやく開いた口に、政宗がにやりと笑う。それは恋人に向けるには似つかわしくない、底意地の悪い意味だった。
「俺をシカトするなんざ良い度胸じゃねえか。」
尻尾のない身ではわからないが、凄まじく痛かったのか。涙を浮かべ上目使いに睨みつけてくる幸村の頬に手を添えて、政宗はその唇を奪った。
教育は苦手だが、なし崩しなら得意技だった。
初掲載 2006年12月7日