第二話   芸能界パラレル


 他の俳優も呼んでの打ち合わせは、監督の趣味で居酒屋で行われることになった。主演二人が未成年で飲酒が出来ないのだけれど、そんなのはお構い無しの決定だった。
 準レギュラーを貰ってる時代劇の収録で、結局、打ち合わせ開始ギリギリに俺たちは居酒屋に着いた。店員に案内された部屋は、一応時間ぎりぎりに着いたのだけれど既に呑み始めていた。個性が強すぎる面子のせいかもしれない。
 「旦那、一応聞くけど。誰が誰だかわかる?」
 「…すまぬ。」
 人気絶頂の「まつり」を知らないような旦那のことだ。まあ、予想のついていた返答に俺は苦笑した。
 「じゃあ、一通り説明していくから。…まず、政宗さんの右隣の子。」
 主演の政宗さんに、纏わりつく小さな影。あれは、1クール前の学園モノを機に名前が売れ始めた子役の少女だった。
 「いつきちゃん。政宗さんのお付の侍女見習い役。で、いつきちゃんの右隣、ここから正面のご老人。」
 既に酒瓶を手に、前田監督と銀髪の柄の悪そうなお兄さん――この人は見たことないけど――と熱く語ってる老人が、3人で寄ってたかって片倉さんに絡んでいる。
 「あの人は島津義弘さん。『戦国乱世』原作者。気難しいし、剣術の達人らしいから、くれぐれも怒らせないでね。」
 「う、うむ。」
 「銀髪のお兄さんは知らないけど。その少し手前。」
 楽しそうに談笑している一団は、流石の旦那も知っていたらしい。
 「あの方たちは知っているぞ。織田信長殿に、その妻子であらせられる帰蝶殿、森蘭丸殿。手前は前田夫妻であろう。」
 「映画での役どころは、ラスボス、その妻子と、その忠臣に妻ってところだね。」
 誰も彼も時代劇を中心に活躍してきた人たちで、旦那よりもよっぽど芸歴がある。その人たちを抑えての主役だ。旦那には是非頑張ってもらわねば、後々、この世界で生きていくのが大変になる。
 「前田さんたちは、前田監督の叔父と義理の叔母に当たるんだって。」
 「なんと!」
 俺も驚いた情報を伝えれば、旦那は驚きに目を見張った。
 その気配で気付いたのか、はたまた素面だから小声が耳に届いたのか。元々気付いていたかもしれない。何にせよ政宗さんがこちらを見ると、入り口で固まっている俺たちを手招いた。旦那が、まるで犬のようにパタパタと駆け寄っていく。もしかして尻尾が生えているんじゃないか、と思わず目を凝らしてみるほど、なぜか政宗さんに懐いた様子のびっくりしつつも、俺も旦那の後を追った。
 片倉さんが離れたところで酔っ払いに絡まれていることもあって、旦那はちゃっかり政宗さんの隣を陣取っていた。なんだか、嫌な気がした。
 俺は旦那の隣、注文用の室内電話の前に座った。
 「お前らで最後だぜ。なあ、いつき?」
 「んだべ。」
 政宗さんが、腕に抱きついているいつきちゃんの頭を撫でながら言った。美女が美少女と絡む、というある趣味の人が見たら垂涎の光景だったけれど、幸い誰もそういう系の人はいなかった。いつきちゃんが、目線を政宗さんから旦那に移した。
 「あんたが政宗の旦那さん役の真田幸村さんだべか?おら、いつきだべ。よろしく。」
 「こちらこそ宜しくお願い致す。」
 意外なことにベタベタの方言で話すいつきちゃんと旦那が握手している間に、俺たちの到着にようやく気付いたらしい前田監督が、ビールの並々と注がれたピッチャーを手に立ち上がった。
 「じゃあ全員揃ったし、自己紹介していくか!」
 主演を演じる政宗さんと旦那の自己紹介が終わった後、政宗さんが小声で尋ねてきた。
 「乾杯するけど、お前たち何飲む?真田はまだ酒は飲めねえだろ?俺たちもだけど。」
 言われて見てみると、政宗さんの前にはアイスコーヒー、いつきちゃんの前にはリンゴジュースがあった。
 「旦那、メロンソーダでいい?俺はビールにするけど。」
 「うむ、頼む。」
 「りょーかい。」
 時間もないので適当に決めて注文をしていると、例の監督の隣にいた銀髪のお兄さんに自己紹介が回った。
 「長曾我部元親って言います。アシスタントですけど、よろしく!」
 変なポーズで締められた自己紹介にあちこちで笑いと喝采が沸き起こる。どうやらこの映画のメンバーは基本的にノリが良いようだ。飲んでいるせいかもしれないけれど。
 「あの人、アシスタントだったんだ。もっと凄い人かと思った、あんなに打ち解けてるし。」
 俺が旦那に感想を洩らしていると、いつきちゃんが政宗さんの袖を引っ張った。
 「なあなあ、ちょーとかべってどうやって書くんだべ?」
 「ちょうとかべじゃなくて、ちょうそかべだな。ちょうそかべっつーのは、」
 政宗さんは鞄からペンとメモ帳を取り出すと、流麗な字で『長曾我部』と記した。
 「こうやって書くんだぜ。」
 「うわ、すんごい字がキレイだねえ、政宗さん。旦那なんて家柄、習字やってたけど、すんごい…。」
 思わず本音をぽろりとこぼすと、旦那がわーわーと自己紹介の邪魔にならない程度に騒いだ。口を塞がれそうになりつつも旦那の手を避けたけれど、続く言葉は言えなかった。しかし、大体言わんとしたところは察したらしい。
 「どうなんだ?ちょっと書いてみろよ。」
 面白がった政宗さんにペンとメモ帳を渡され、旦那は拒むことも出来ずにそれらを受け取ってしまった。少し後ろでは、政宗さん以上にきらきらと目を輝かせたいつきちゃんが、旦那の文字を待っていた。
 「し、しかし。何を書けばいいのか。」
 「うん?じゃあ…名前と連絡先。」
 「!」
 旦那は紅くなると、先ほど以上にそわそわしつつ、のたのたと名前と連絡先を書いた。
 「…みみずがのたくったような字ってやつだべな。」
 書かれたそれに、いつきちゃんがとても率直な感想を言った。右上がりの文字はお世辞にも上手いとは言えなくて、旦那が反論も出来ずに落ち込んだ。けれど、政宗さんは笑って言った。
 「でも俺は個性的で好きだぜ。」
 告げられた台詞に、旦那は伏せていた顔をばっと上げて、喜びにきらきらと目を輝かせた。その顔は赤かった。
 「まっ、まことでござるか?」
 「嘘言ってどうすんだよ。」
 軽く答えながら、政宗さんはさらさらとメモ用紙に何か書いて、ページを破り旦那に渡した。
 「これ俺の連絡先だから。」
 「!い、いただいてしまっても?」
 「of course.」
 旦那はそわそわしつつも、本当に嬉しそうだった。政宗さんはにこにことそんな旦那の様子を見つめていた。嫌な予感が、強まった。
 「じゃ、乾杯するぞー。」
 そんなこんなをしている内に、全員の自己紹介が終わったらしい。皆で立ち上がり、映画の成功を祝って乾杯をした。


 その後、なぜか無性に懐く幸村と鷹揚に対応してくれている寛大な政宗さんの様子を、ツマミを食べながら眺めていた俺は、ふいに肩を突かれた。振り向くと、そこにはいつの間に来たのかいつきちゃんがいた。
 「なあなあ、マネージャーさん。」
 「なあに?いつきちゃん。」
 「…あのよ。政宗姉ちゃんの連絡先、おらも他のみんなも知ってんのは言わない方がいいだべか?あんなに喜んでるし…。」
 いつきちゃんの言葉に、俺は内心で旦那どんまいと慰めた。
 「…そうだね。そうしてくれると、たぶん、いいかも。」
 俺の肩をぽんと叩き、いつきちゃんがしみじみと言った。
 「マネージャーさんも大変だべな。あんなにわかりやすい人が主で。」
 「…うん、ありがとう慰めてくれて。」
 嫌な予感は、もう予感じゃなかった。確定事項だった。初対面の人でもわかりきるくらい、旦那は政宗さんにべたぼれのようだ。でも旦那には、自覚がない気がする。ふと、そういえば旦那が恋をした記憶がない気がしてきた。旦那が生まれたときから、旦那の部下として育てられてきた俺だけれど。
 「初恋、になるのかなあ。」
 「え?初恋ってあの兄ちゃん?」
 ビールを呑む俺の傍らで、驚いた様子のいつきちゃんが更に問う前に。
 「お、いい飲みっぷりだね!」
 やって来た前田監督に褒められて、幸運にも、話はそこで中断になった。
 先ほどのこともあるが、どうも最近口が軽いようである。もしかしたら、俺も旦那に負けず劣らず、この映画話に浮かれているのかもしれない。
 「どーも。」
 何に対してかはわからないけれど、色々なことに対して苦笑しつつ、俺は再びビールを呷った。











初掲載 2006年10月31日
改訂 2007年9月20日