馬鹿らしいと政宗は思った。使者が訪れ政宗との会談を望んでから、もう随分と時間は経過している。それでも、政宗には会う気があまりなかった。多忙を極めたのは本当だったが、会う暇がないほど多忙だったわけでもない。第一、気乗りさえすれば、政宗はさっさと会談を終えるだけの気力も体力もあった。
それをしなかったのはひとえに、馬鹿らしい、その事実ゆえのことだった。
いかにも大義であるという風に使者の待つ部屋へ向かった政宗は、迷惑そうに溜め息を吐いた。実際、それは迷惑な会談だった。
「待たせたことは謝らねえぞ。お前も知ってるだろうが、戦の支度中だったんだ。」
政宗の言い訳に、使者である幸村は重々しく頷いた。
「勿論、承知しておりまする。真田でも戦の支度に大忙しゆえ。」
「あっそう。で、当然知ってるとは思うんだが、お前は俺がどこと戦うかは理解してんのか?理解してたら、ここには来ないと思うんだが。」
苛立たしげな政宗の声色に気付かず、幸村は抜け抜けと首を縦に振った。
「無論、承知しておりまする。真田と、徳川伊達連合軍でござろう。実は、某は、その件で話があって参ったのでござる。」
こいつは頭が悪いか、よほどめでたい頭の作りをしているらしい。我が好敵手のことながら、政宗は些か不安に思った。普通、今まさに戦をせんとする敵国に雁首揃えてやって来る馬鹿は居ない。
呆れ返って言葉も返せない政宗の前で、幸村は真面目な顔をして告げた。
「政宗殿には、徳川との戦の邪魔をしないでもらいたい。真田と徳川の因縁に、伊達は関係なかろう。」
「馬鹿言うな。真田と徳川には関係ねえが、真田と伊達なら因縁がある。大体、徳川と伊達との間には同盟がある。てめえはそんなことも知らないのか?」
とうとう痛む頭を抑えた政宗にも、その脇で眉間に皺を寄せる小十郎にも、斜め後ろで困ったように頬を掻く佐助にも気付かぬ様子で、幸村は懲りずに滔々と続けた。
「真田と伊達の因縁ならば、某と政宗殿の二人で誰にも邪魔されず始末をつければ良い。それに、徳川との間に同盟があるというのなら、真田も伊達に同盟を申し込む所存でござる。」
そういう問題ではないのは、言うまでもない。だが、二人きりでの決着という部分に政宗は心を惹かれて、身を乗り出した。
「んな、私情で同盟を組めるわけがねえだろ。仮に俺があんたらの味方…いや、言いすぎだな。あんたらと家康の確執の決着の邪魔をしなかったら、あんたは見返りに何をくれるんだ、幸村?俺に天下でもくれんのか?」
馬鹿なことを言った、と政宗は思った。誰もがそれを望み、戦だらけの時代で、まさか天下を敵将に望むとは。幸村とて、天下が欲しいからこそ、信玄亡き後も名乗りを上げているのだろう。
自分の台詞に興を殺がれて居住まいを正し座り直した政宗に、幸村が大真面目な顔で頷いた。
「政宗殿がそれをお望みなら。」
一瞬、場が白けた。そして、間が空いてから、政宗が問いかけた。
「まじで?天下だぞ?」
「はい。」
再び、間が空いた。それから、どっと声を立てて政宗は笑い始めた。
「ば、馬鹿だろお前!あっ、あっはっは、天下って!」
呼吸が困難な様子で腹を抱え笑いまくる政宗に、幸村は呆気に取られたらしい。それから、困惑した素振りで佐助を見やった。佐助は肩を竦めて、その視線に応じた。
政宗はひとしきり笑ってから、眦に浮かんだ涙を拭った。
「あっ、あはは。俺のところには、詐欺師なんて来ないと思ってた。それが、ぶふっ、天下をくれるっつう馬鹿が来たよっ!」
流石に面だって馬鹿と言われ、自尊心を傷付けられたらしい。幸村は不満そうに唇を尖らせ、性急に問い質した。
「それで、政宗殿は某の味方になってくれるのか、くれぬのか?」
それに対する政宗の答えは、いたって単純で完結だった。
「良いぜ、お前の味方になってやるよ。例え地が裂け、天が崩れ落ちようと、俺はお前の味方で居てやる。お前が約束通り、天下をくれるならな。」
それから、政宗は物憂げに続けた。
「ああ、でもそしたら、あんたとの決着は流れちまうな。幸村。」
幸村は首を振った。どういうつもりなのか、縦ではなく横だった。
「そうでもござらぬ。」
政宗は首を傾げたが、幸村に答える気はさらさらないようだった。
それから時を置かずに、政宗は身を持って、そのときの幸村の言葉の真意を悟った。それは幸村が告げた通り、幸村と政宗の二人で誰にも邪魔されず始末をつけられる類のものだった。
政宗は寝具の上で頬杖を付いて、幸村のあどけなさの残る寝顔を眺めながら、こんな決着も悪くないと思った。
初掲載 2008年8月3日
ジルオールインフィニット パロディ