ザビー城の真ん中で愛を叫ぶ


 「今日はSaint Valentine's Dayだ。」
 「せいんとばれんたいんでい?」
 それは耳慣れない言葉だった。異国の言葉だろう。そのせいんとばれんとでいとやらとザビー教追放戦と、どのような関係があるのだろう。幸村は首を傾げた。
 甲斐から奥州へ、立春を過ぎたばかりで戦にもならないし、と遊びに行った幸村を待ち構えていたのは、鎧を着込んだ政宗だった。折角だから暇ならお前も来い、と軽い口調で誘われ、海を渡り、今に至る。
 「Saint Valentine's Dayは海向こうの記念日で、Valentineっつー司祭のおっさんが死んだ日さ」
 「命日が記念日とは。その方は何か偉業をなされたので?」
 「別段、大したことしちゃいねえよ。」
 追放戦という点がよくわからないが、海を渡りわざわざ祝うほどの記念日だ。てっきり好きだとばかり思っていた政宗のつまらなさそうな返答に、幸村は再度首を傾げた。
 「当時、強兵策の一つで兵の結婚が禁止されてて、そんな中、その結婚を取り持った。それだけの話だ。」
 政宗がイカがどうのと妄言を吐く信者を噴水に蹴り飛ばし、にやりとひどく楽しそうに笑った。
 「愛っつったら、ザビー教だろ。」
 「はあ。」
 結婚を取り持っただけで、命日が記念日になる。にわかには信じられない事実だったが、政宗が言うのだ。海向こうの文化だ、某にはわからずともそういうのもあるのだろう、と幸村は半ば無理矢理納得した。
 幸村は三度首を傾げた。
 ばれんたいんは結婚を取り持った。それは、少なくとも、愛を説く信者を踏み躙りながら祝う記念日ではないのではないか。よくわからないが。
 信者を斬り捨て進みながら、政宗が吐き捨てた。
 「何よりこんな愛なんざ説かれてみろ、うざくて仕方がねえ。」
 愛の真ん中には真心がある。昔、お館さまがそう言っていた。
 しかし、今話題に出ているのはザビー教だ。真心どころか、洗脳してなんぼの世界だ。政宗の意見には賛成だったので、幸村は大きく頷いた。
 ザビー教はゴキブリのようにしぶとく気が付けば繁殖しているから、安心できない。お館さまのためにも今度こそ息の根をしっかり止めねば。
 「しっかし、強兵策で結婚を禁じるなんて馬鹿な真似したもんだよな。」
 意気込んだ矢先の言葉に、幸村は政宗を振り返った。
 「?何ゆえでござるか?雑念がなくなる分、某にはよい策のように思えますが。」
 「次世代を担う子がそれで生まれなきゃ、意味ねえだろ。戦のために戦ってんじゃねえんだ。若干読めねえ大名もいるが、俺たちは、太平の世のために戦ってんだぜ?それに、守りたいものや帰りたい場所があれば、雑兵だって火事場の底力くらい出すさ。you see?」
 「!流石、政宗殿!某、目から鱗が出ましたぞ!」
 幸村はきらきらと目を輝かせた。色にはとんと興味を持たず、妻や愛人もいない幸村だが、それでも守りたいものを持つ大切さは知っている。何より、片想いではあるが今は愛しい人がいる。
 だが舌の根も乾かぬうちに、政宗は反対のことを言ってのけた。
 「まあだからって、結婚するなんざ馬鹿らしいがな。」
 「何ゆえ。」
 「弱みになるものなど作れば、付け入れられる。」
 「しかし、守りたいものがあった方が人は強くなる、と先程。」
 「そりゃ、」
 ザビーを模したロボの出現に、政宗はいったん言葉を区切り、刀の柄を握りなおした。
 「兵の話だ。第一、俺の守りたいものは国と民であって、別に男なんざじゃねえ。大体、政略婚に愛も何もねえだろうがよ。」
 政宗が刀を一閃する。ザビーロボが一瞬停止し、爆風が起こった。
 長曾我部がどれだけの資金を持っているのかは幸村は知らないが、木騎だけで傾くような国もある中、どうしてこれだけの資金が得られているのだろう。ふと幸村は、ザビー教の末恐ろしさを垣間見た気がした。大体、どれだけ倒そうとも復活してくる辺りからして、もしかしたらクローンでも作成しているのかもしれない。
 そう思うと、胸がぎゅうと苦しくなり、南国で寒いわけがないのに鳥肌が立った。
 いや、違うのかもしれない。幸村は頭を振った。この苦しさは、
 幸村の視線の先では、政宗がとうとうと話を続けている。
 「君主は俺一人で十分だ。夫など持てば、否応なしに、そいつと権力を二分することになる。そいつに取入り俺を殺そうとするものも出てくるだろう。」
 口端を歪めて笑う政宗の隻眼に浮かんだ色は、冬の北の地のように厳しく険しく冷たかった。
 「北は甲斐みたいに甘くないんでな。男なんぞいらない。」
 「しかし、」
 幸村は強く双槍を握り締めた。幸村は、政宗を愛しいと思う。守りたいとも思う。身分違いでとうてい言えるはずもないが、自分では駄目なのだろうか。
 息も胸も詰まり、何を言えばいいのかもわからず黙り込む幸村を、政宗は眩しそうに目を細めて眺めた。
 「…でも、そうだな。」
 信じられないくらい柔らかい声色に、幸村は思わず目を見張った。
 政宗が何処か泣きそうな顔で笑った。
 「それでも、お前だったら信じられるかもしれない。」











初掲載 2007年3月1日