政宗が幸村を押し倒してから、ちょうど一年。今日は、二人の結婚式だった。
見事に白無垢を着こなし、角隠しで本性まで華麗に隠して見せた政宗とは対照的に、幸村はどうにも着られている感がある。それでも馬子にも衣装ということで、佐助は大満足だった。何より、めでたい。この一年、佐助がどれだけ神経をすり減らしてきたことか。
(まあ、旦那が幸せなら俺様も概ね幸せだから良いんだけど。)
佐助は、はるばる式に参列するため四国からやって来た元親と、政宗と元親の旧友だという、おそらく噂の次男の毛利元就に絡まれている幸村を見た。
次々に酒を注がれしどろもどろの様子だ。幸村は耳まで真っ赤に染まっているが、結婚に浮かれてなのか、酒のせいなのか定かではない。まあ、酒に弱いということもないし、放っておいて大丈夫だろう、と佐助は一人で納得した。
幸村の隣には、政宗も居ることだし、佐助が口を出すような問題ではない。これからは奥さんに旦那さんの面倒は見てもらわなければ。
佐助は周囲を見渡した。
正月の騒動で最上が何かまたあっては、と政宗の母の出席を控えさせたにもかかわらず、伊達側の客が非常に多い。親族自体は多いが、色々ゴタゴタしていて仲が悪いらしく、親族の出席は武田よりも少ないのだが。
先に挙げた長曾我部に毛利。他にも夏に同盟を結んだという織田や、その配下で親交もあるという前田、領地に取り込んだ北条に、近所のよしみで仲が良いらしい上杉。
佐助は内心、幸村が伊達に婿入りしたお陰で同盟も結んだし、戦にならなくて良かったと安堵した。
それにしても。
「わかるけどさ、これは浮かれすぎだよね。」
騒々しいにもほどがある。武田も伊達も祭り好きだからこその、この騒々しさなのだろうが、隣でグデングデンに酔っ払った人間の相手をする身にもなって欲しい。
佐助は、大真面目な顔で涙ながらに、政宗がどれだけ幼少時可愛いらしく今は美しいかについて熱く語っている片倉に適当に相槌を打ちつつ、こっそり水で薄めまくった焼酎を口にした。
自分まで酔い潰れて堪るか。
しばらくしてから、如何に政宗が素晴らしいかについて語る片倉と正義の凄さについて語る上杉の将である直江の噛み合わない会話から抜け出ると、佐助は上杉勢の方へと向かった。
「やっほー。かすが、元気だった?」
「げっ、佐助!」
心底嫌そうに顔を顰めたかすがの態度にもへこたれる佐助ではない。佐助は満面の笑みを浮かべて、無理矢理かすがの隣に座り込んだ。
「いやあ、今日はめでたいよね。」
「…そうだな。」
「新郎新婦もいい感じだしさあ。」
「ああ。」
佐助の言葉に夫婦へ視線を向け、主に新婦をうっとりと見詰めるかすがに、佐助は囁いた。
「かすがもさ、ああいうの、憧れるんじゃない?白無垢とか。きっとかすがにもかなり似合うと思うんだよね。」
「…そうか?」
目を輝かせて珍しく素直な反応を見せたかすがに気をよくして、佐助はそっとかすがへ手を伸ばしつつ、本題へ入ろうとした。
「そうそう、だか。」
だから、俺様の隣でさ、今度着てみない?
そう佐助が続けようと思った台詞は、残念ながら、かすがの乙女回路満載の魂の叫びによって中断となった。
「ああっ、私が着たら、謙信様は喜んでくださるだろうかっ!ああ、謙信様ぁっ!!」
「…。」
かすがの手を握ろうと伸ばしかけた手が、物悲しい。
固まった佐助の様子にも気付かず、隣でかすがが悶えていた。
こうなってしまってはもう何をしても無駄だ。佐助は涙もろとも溜め息を飲んで、手を引いた。
「よう、大変だな。佐助。」
いつの間に移動したのか、杯を手にした政宗が気付けば斜め前で項垂れた佐助を面白そうに見ている。
「…ああ、姫さん。あはははは。」
恥ずかしさにとりあえず佐助が笑ってみせると、政宗は一言断りを入れ、かすがの居ない方の佐助の隣に腰を下ろした。
「どしたの、旦那ほっぽって。」
「夜は長いんだから、少しくらい大丈夫だろ。大体、これからはずっと一緒にいるんだ。問題ねえよ。」
意味深ににやりと笑った後、政宗は、前田の風来坊も交えた3人に絡まれている幸村を眺めながら言った。
「なあ、」
「何?姫さん。」
真剣な声色に佐助が政宗を振り向くと、政宗は心底疑わしそうに尋ねた。
「あいつ、初夜…出来んのか?ヤれねえようなら、熨斗付けて返品するぞ。」
「…、…あー。」
大丈夫だと太鼓判を押そうにも、初秋に政宗から賜った春画で自棄になった佐助はいっそこれでもかというほど幸村にそういう方面を教え込んだが、だからといって確証が持てるはずもなかった。普通の男ならいざ知らず、今話題になっているのは、あの幸村なのだ。油断は出来ない。
熨斗を付けるどころか蝶々結びの細布でご丁寧に包装されて返ってきそうだ、となぜか真田紐でグルグル巻きにされた幸村を脳裏に思い浮かべつつ、佐助が言いあぐねていると、政宗が小さく笑った。
「馬鹿、嘘に決まってんだろ。実は酔ってんのか?」
「あー…そうかも。」
自分では寄っているなどとは思っていなかったが、最初のうちは片倉に注がれるままに酒を呷っていたから、考えてみれば随分呑んでいることになる。
佐助が想像の幸村を慌てて打ち消していると、政宗が幸村を見詰めたまま呟いた。
「返せっつわれたって、もう離しはしねえよ。あれは俺のもんだ。」
込み上げた喜悦を無理矢理抑えるような声はどこか平坦だった。その分、佐助は政宗の想いが深いことを知り、思わず嬉しくなって笑った。
「そうだね。」
幸村が幸せなら、佐助も概ね幸せなのだ。
にやにや笑いを見咎められないよう焼酎に口を付け隠し、佐助は、ふと思いついたことを口に出した。
「そういえばさ、前に姫さんが話してくれた話だけど。…覚えてる?」
「Ah?何が。」
突然振られ、問いの意味がわからないと首を傾げる政宗に、佐助は笑いを噛み殺すのに苦心しながら言った。
「ああいう話の最後ってのはさ、絶対、こうやって終るんだよ。」
まったく、盛大に声を上げて笑い出したい気分だ。
「お姫様と王子さまは末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、ってね!」
初掲載 2007年1月26日〜2007年2月7日