ベンチウォーマーじゃいられない


 激しく壁に叩きつけられ、幸村の背に衝撃が走った。痛みに一瞬意識を奪われた間隙を縫って、顎を掴まれ上向かされる。何を、と思う間も無く噛み付かれた。息が詰まる。混乱に加え酸素不足の頭では、現状を推し量れるはずもない。嵐のように暴力的な強奪が過ぎ去った後、幸村は陸に上がった魚のように、ただ酸素を求めて喘いだ。
 一方、幸村をそのような状況に追い込んだ政宗は小さく息を飲み、何故このような事態に陥ったのか理由を探っているようだった。常ならば冷徹にすら見える青い瞳は、困惑に揺れていた。普段は雪のように白く冷たい肌が、目許から首筋にかけて薄っすらと紅く染まり始め、政宗はそれを隠すように俯いた。
 その羞恥に震える華奢な肩にか弱さを覚えた幸村は、つい失念していたが、政宗が女にすぎない事実を思い出した。女など母か乳母しか接したことのない幸村に、項垂れた政宗にかける気の利いた言葉は思いつかなかったが、せめて慰めになればと、幸村はその薄い肩へと手を伸ばしていた。
 しかし幸村の指先が政宗に届くより僅かに早く、政宗が勢いよく面を上げた。一度大きく慄いたひょうしに、潤み蒼くくすんだ瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。
 思いもよらなかった事態に言葉を失う幸村を、政宗は悔しそうに唇を噛み締め隻眼で睨みつけた。
 「Shit!真田のくせにテメエ覚えてろ!」
 吐き捨てられた台詞の意味を把握しかね、幸村は瞬きをした。その一瞬の隙に、政宗は脱兎の如き速さでどこかへと去ってしまっていた。
 幸村は更に当惑し、再び強く瞬きをした。そうしてようやく、幸村は政宗に口付けされた事実に思い至った。状況を把握した幸村は政宗に負けず劣らず顔を赤らめ、真っ白な頭で、壁に背を当てたままずるずると床に座り込んだのだった。











初掲載 2006年12月8日