アラビアンナイト


 あるところにお館さまと幸村と佐助がいました。三人は戦国の武将と忍でしたので、当然のように戦に明け暮れておりました。
 ある日のことです。お館さま率いる武田軍と独眼竜政宗率いる伊達軍で、戦が起こりました。戦は多大な損害の下、どうにかこうにか騎馬隊の差で武田軍が勝利を収めましたが、あまり戦果はよくありませんでした。片腹痛いくらい、痛み分けでした。
 さて、そんな戦でしたので、勿論、武田軍は伊達軍頭である政宗を許すつもりはありませんでした。首級挙げてくれるわ!そういう感じでした。政宗の方も政宗で、捕らえられた今となっては自決する気満々でした。
 しかし、その面を眺めてやろうとお館さまが佐助に命じて兜を外させると、それはそれは美しい顔が下から出てきたではありませんか。それは天女もかくやというほどの、におい立つ色気すら思わせるほどの艶めいた美貌でした。なんと、独眼竜は女だったのです。捕虜にしたことで、政宗が実は女だったとわかったから、さあ大変。武田軍は上へ下へのてんやわんやとなりました。
 「どうするんですか、大将?」
 「ふむ。」
 まさか一騎討ちをした相手が女だとは思わなかったのでしょう。あんぐりと口を開けて立ち尽くしている幸村の隣で、ちょっぴりお館さまは考えました。こんなに美しい女を斬り捨てるのは勿体無いのではないか、まず最初にお館さまはそう思いました。そして次に、幸村のことを思いました。カチリ、と何かがお館さまの中で組み合わさりました。
 「幸村、お主ももう17であろう。そろそろ嫁を取ってはどうだ?」
 「え?それって、まさか…話の流れ的に…この人?」
 未だに固まっている幸村の代わりに、佐助が尋ねました。
 「でも、この人が承知しないんじゃない…?そんなの。」
 「別に良いぜ。」
 しかし、意外なことに政宗は承諾したではありませんか。
 何せ時代は戦国。まだまだ女性の地位が低い時分のことですから、女であることがばれたことで、天下統一無理そうかな、と政宗は思ったのです。なのでガックリ来て、その衝撃で思わず承諾してしまったのでした。ある種、開き直っていたとも言えるかもしれません。何にせよ微妙な状態でした。
 一方、茫然自失としていた幸村も、何しろお館さまバカなので、お館さまに説得されて終いには承諾してしまいました。
 「え?そんなんでいいの?マジ?」
 ただ一人、佐助だけが驚いていました。


 そんなこんなで結婚した幸村と政宗の二人ですが、何しろ今まで男の当主として育てられてきた政宗のことです、毛頭抱かれるつもりはありませんでした。政宗が捻じ伏せるならまだしも、他者に組み敷かれるなど、屈辱以外の何物でもありません。更には、政宗はこのころには既に結婚を承諾したときのショックから立ち直っていたので、結婚かったりぃなつーかなんで俺があんなガキに、と思ってさえいました。
 一方、幸村の方は幸村で、男女間にそんなめくるめくイベントがあるなどとは知りませんでした。手を繋いだらハレンチで、接吻をしたらややができてしてしまい、ややはこうのとりが運んでくる。そんな程度の間違い偏った知識しか持っていませんでした。
 しかし流石に幸村も、なにやら初夜とやらに夫婦の営みとか言われるものがあるらしいから、何かしないといけないらしい、とも知っていました。なので、結婚式の日の夜は一応、政宗と一緒にいることにしました。
 さて、政宗はそんな幸村の認識の程度をまさか知りません。後々幸村の誤認は判明するのですが、初夜には毛頭知りませんでした。初夜に焦った政宗は、いかにして初夜を切り抜けるか、ということを必死に考えていました。いっそ幸村を斬り捨てて逃げ出そうかとも思いましたが、一度約束したことを果たさないのは男が廃る、とも思っていたので逃げるという選択肢はありませんでした。そもそも政宗は男ではないのですが。
 必死に必死を重ねて決死の思いで考え続けた挙句、政宗は半年前に聞いた異国の話を参考にすることに決めました。アラビアンナイトです。寝物語で喰われるのを防ごうというのです。アラビアンナイトと政宗とでは、「喰われる」の意味が大分違いましたが、政宗は本気でした。ようは、幸村の気を逸らさせればいいのです。
 「むかしむかしあるところに、お館さまがいました。」
 「おっ、お館さまが?」
 「そう。」
 お館さまバカの幸村の気を引くために、物語の主人公はお館さまにしました。幸村でも良いかなと思いもしたのですが、お館さまの方が効果的だと踏んだのです。お館さまは、竜を倒したり、神になったり、妖精に連れらたり、魔女に手引きされたり、野となり山となり。様々な編纂を遂げていきました。政宗はまさか幸村が夫婦の営みの意味を知らないとは知りません。それに幸村が続きを急かしたこともあって、物語は止まることなく、続き続けました。


 そうして、1週間経ちました。
 「これが夫婦間の営みってやつだ。」
 「これ?」
 「おしゃべりしてんだろ?ハレンチだから、他のやつらには言うなよ。」
 「お館さまでもか?」
 「ハレンチなんだ。」
 「そ、そうか。」
 寝物語の合間に、政宗が煙管を吹かしつつ言いました。流石に、1週間もするうちに聡い政宗は幸村の無知に気付いていました。そして、すぐさまそれを利用することに決めました。
 「ハレンチハレンチ…。」
 隣では、政宗と一緒の布団に包まった幸村がブツブツと呪文か何かのように呟いていました。


 さて、そんなこんなで2年半余りが経ちました。
 「ちょっとおかしくないですか?」
 「む。何がだ、佐助よ。申してみよ!」
 「いや、もう2年半ですよ。子ができててもおかしくないっつーか。」
 「…むう。」
 佐助に指摘され、そういえば、とお館さまは顎を撫でました。
 結婚して以来、幸村と政宗はそれはそれは仲睦まじく、毎晩床を共にしています。政宗は夜は一晩中語り昼間は物語の続きを悩み、ということで寝不足と疲れゆえに気だるそうな雰囲気をまとわせていたのですが、勿論、お館さまと佐助はそんなことを知りません。幸村に感想を尋ねると「楽しいぞ!」と見当違いな答えが返ってきたものの、元々見当違いな幸村の言うことです。「お盛んだね。」と囃し立てこそすれ、まさか、夫婦の営みがなんだか違う方向にいっているなどと政宗以外の誰も思いませんでした。
 「…佐助よ、ちと、どのようになっているのか見てまいれ。」
 「え、デバガメですか?」
 「うむ…まあ、何事もなければ無粋な真似をする前に戻るがよい。」
 さあ行ってまいれ我が剣よ!とばかりに手を振られてしまうと、佐助に抗う術はありません。何せ、相手は雇用主の雇用主ですから、逆らうことなどできないのです。権力は偉大なのでした。
 こうして佐助は泣く泣く、幸村と政宗の寝室の天井裏にしのび参ることになりましたが、どれだけ待とうとも幸村と政宗は話をしているだけではありませんか。最初は、コトに至る前の睦言かと思いましたが、どうやらそうでもないようです。政宗が話し、幸村が続きを強請るという状況をいぶかしみ、佐助がよくよく聞き耳を立ててみますと、なんとお館さまが永遠のライバル軍神を生き返らせるために宇宙へ秘薬を求めに行っていました。わけがわかりません。
 結局、その日は朝までそんな調子でした。
 佐助の張り込みは、1週間続きました。しかし、その光景は1週間連続で忍んでみても、変わる様子は一切見受けられませんでした。
 (…さすが、旦那だね…。)
 二年半余りこんなだったのか、と、佐助はもはや笑うしかできませんでした。これでは、子供もできないはずです。
 さあ、早速、報告をお館さまにしなければなりません。これが最後になるのかと思うと、少し感慨深いものを感じる気が無きにしも非ず、な思いのする佐助でした。それにしても、政宗の語るお館さまの話の続きが気になりました。


 その日。
 幸村と政宗はお館さまの前で正座させられ、散々説教されました。
 政宗は事態がばれたことを悔しく思う一方、もうこの寝不足と続きを考える苦悩から開放されるのだと思い、内心喜んでもいたりしました。何より情が移ったとでも言えば良いのでしょうか。ほだされたと言うべきかもしれません。何にせよ政宗は幸村に対し満更でもなくなっていましたので、別に幸村だったら抱かれても良いかな、と思っていました。
 幸村はなぜ怒られているのか、全然わかりませんでした。
 この後、めくるめく夜が繰り広げられるのですが。
 まさか政宗は別の理由で結局毎日寝不足に苛まれるなどとは、夢にも思っていませんでした。幸村は若かったのです、色々な意味で。しかし、昼間つらつらと物思いに耽らずにいられるだけ、政宗はマシになったのでしょうか。けれど、腰痛に苛まれる分結局大差ない気がして、政宗は毎日溜め息を吐くのでした。ちなみに、お館さま物語は睦言兼寝物語として語らされるので、よく考えなくとも政宗は損をしただけでしたが、愛情がある分幸せが増すのでプラマイゼロかもしれません。政宗にとっては。
 幸村は、申し分なく幸せでした。
 これからも、二人はそうやって幸せに暮らすことでしょう。











初掲載 2006年10月23日
改訂 2007年9月20日