授業中に取り留めなくこそこそ会話をするのは生徒の特権で、それを注意するのは教師の権利だ。
「そうそう、こんなの知ってる?」
隣の慶次に肩を突かれた佐助は、内心、勘弁してよと顔をしかめた。窓から、政宗の姿を目で追っていたからだ。
隣のクラスは体育でサッカーらしく、ゴールを決めて元親と肩を抱き合う姿など、とても見ていられるものではなかった。好きな人が、それが同性とはいえ、他の男と!自分が好きになるような人なのだ。万が一、元親が政宗のことを好いていたらどうするつもりなのだ、などと佐助は本人に聞かれればまず「頭が沸いてんじゃねえの?」と一笑に付されること間違いないことを考えている最中だった。
慶次はおそらく、佐助の心が手に取るようにわかった結果、不憫がって話しかけたのだろう。佐助は政宗の恋人ではない。ただの熱烈片想いというやつだ。
しかし、告白すれば何か変るかもしれない。敏い政宗のことだ。おそらく薄々、…いや、絶対、佐助の気持ちには気付いているのだ。それを「うぜえ!」と言わない辺り、勝機はなくもないのではないか。とすれば、政宗のアレは告白待ちといったところか、などと慶次は思っているのだ。
しかし、へたれもへたれ、政宗に対しては臆病も良いところの気が弱い佐助は、いっかな告白しようとはしない。
「佐助ならやれるって!」
慶次が励ますように佐助の肩を叩き、その衝撃に咽た佐助は教師に注意されることになった。
その日の帰り道、慶次が佐助に気を使ったらしく、気がつけば政宗と二人きりだった。
元々、部活動のある幸村や元親は別行動で、元就も一緒に並んで帰るような気安さはない。慶次が抜ければ、必然的に二人きりになる。それは以前からわかっていたことだ。わかっていたことだが、佐助はがちがちに緊張して舌が回らなかった。対して、心の方は空回りを続け、もはや何がしたいのか自分でもわからない勢いである。
「あ、俺今日バスだから。」
プシューッと間の抜けた音を立てて扉が開き、ひらりと手を振って政宗がバスに乗り込んだ。佐助は自転車だ。
どうすんの俺、どうすんの俺。
あ、の形で口を開いたまま、何を言えば良いものか言いあぐねる内に、バスの扉が無情にも閉まった。慶次に後押しされた告白をするどころじゃない、さよならすらも言えていない。
何やってんの、俺の馬鹿!
とうとうバスが動き出した。
頭を抱えたい、と自分への失望にうずくまりそうになる自分を叱咤し、佐助は無我夢中を素で行き、何がなにやらわからないままにその言葉を口走っていた。
「だ、伊達ちゃん!エレファント・シュー!」
ガラスの向こうで、きょとんと政宗が驚いている。当たり前だ。誰だって突然「象の靴!」などと叫ばれたら呆気に取られる。謎かけめいて告白するつもりが、これでは単なる謎の言葉だ。答えが言えていない。
ああ、俺様ってばなんて馬鹿!
遠ざかっていくバスに背を向けて、佐助はバス停のベンチに腰掛けた。やってしまった。もう、駄目だ。
ぴろりろりんと携帯が着信を告げた。専用の曲だ。見なくても、それが政宗からのものだと佐助にはわかった。新着メール1件、件名はなし。
『あれ、何?』
メールであれの解説など恥ずかしすぎるし、あまりに間抜けだ。佐助はそっと溜め息をついて携帯を仕舞った。気がつかなかったとでもとぼけて、明日学校で謝るつもりだった。え?何でもないよ。あんまり気にしないで、伊達ちゃん。政宗は首を捻りつつも、興味を失って、それ以上追求はしてこないだろう。結局、想い人にとって自分はその程度の価値しかないのだと思えば、なおさらそれが惨めさを煽った。
ああ、惨めだ。
俯いた佐助は涙を堪えて鼻を啜った。女々しいかもしれないけど、俺様、今日家に帰ったらマジ泣きしちゃうかも。そう思い更に悲観的になり、佐助はとうとう顔を両手で覆った。
そこを、蹴り飛ばされた。
「人様のメール、シカトしてんじゃねえよ。」
「だ、伊達ちゃん!え?何でいんの?!」
「バスを降りたからに決まってんだろ。」
そう言うと、政宗は佐助を押しのけてスペースを作り、その隣に腰を下ろした。ズビ、と佐助は状況を把握できず鼻を啜った。
「で、何か言うことがあるんじゃねえの?」
「め、メール無視してすみません…?」
政宗に顎を掴み上げられた。
「まだとぼけるのはこの口かあ?ああ?」
剣道の授業で、六爪流などと冗談を言いながら木刀を振り回す政宗の握力は、尋常でないくらい破壊力がある。締め上げられて、すぐさま佐助は白旗を上げた。
「きゃーごめんなさい!すみません!許してっ!いだ、いだだだだだ!」
「何を言うべきか本当にわかってんだったら、止めてやる。で?佐助、お前、何か言うことがあるんじゃねえの?」
政宗は言った。
「臆病なガキの言葉遊びに付き合ってやるんだ。さっさと言えよ。You see?」
Elephant shoe.
I love you.
「あれ、発音は違うけど、口の動きが一緒なんだよね。英語ぺらぺらでスラングも知ってる政宗が知らないわけもないから、俺はきっとうまくいくと思うんだけどさあ。…でも、佐助うまく告白できたかなあ。なあ、幸村どう思う?」
剣道場にて、一方的に話しかける慶次に、一方的に彼を敵視している幸村は苛立ちのまま叫んだ。
「某は今稽古中だ!話しかけるな!佐助がどうなろうと知ったことではない!」
「それ、ひどくない?」
「色恋沙汰に現を抜かすなど…!は、破廉恥であるうううう!」
何を想像したのか赤面して大きく叫ぶと、幸村はぶんぶん素振りを始めた。その様子を見ながら、慶次は勝手にやかんの冷たい茶をもらい、煎餅をかじりつつ、告白の行方を心配していた。
「佐助、うまくいったかなあ。あー、俺、本当心配だよ。……あ、茶柱。」
「破廉恥いいいいいい!」
そのころ、まんまと策にはめられた佐助はしどろもどろで気が動転し、何を言っているのか判然とせず、それを、対する政宗は余裕綽々で気長に告白を待っていた。
初掲載 2008年1月16日