「おい、見てみろよ佐助。桜がgorgeousだぜ!」
「伊達ちゃん、危ないから。」
車窓から身を乗り出し歓声を上げる政宗を窘めつつ、佐助は政宗が見詰めている方角へと視線を向けた。
「ちょっと時期遅いかもって心配だったけど、これなら杞憂だったね。」
土手沿いに植えられた桜は大振りの枝を精一杯伸ばし、見事なまでに咲き誇っていた。わざわざ愛用のポンコツ車に鞭打って、帰省してきた甲斐があるというものだ。
「なあ、久しぶりの帰省はどうなんだ?」
「ちょっと恥ずかしいかな。何せ、出奔しちゃった身だからね。」
佐助は苦笑交じりに受け答え、当時の記憶と照らし合わせつつ周囲を見渡した。小さな商店街、広大な山、その麓の学校、見覚えのないコンビニ。都心部ではよく見かけるコンビニがどうやらこの地にも進出してきたようだが、その一軒のコンビニ以外は何も変わっていなかった。
学校を通りすぎ、やがて市立公園の側道へ至った。時期外れの紅梅も山茶花も、未だに背丈の低いまま公園の敷地内に納まっている。もう少し早く訪れれば、紅梅の慎ましやかに咲き誇る様を目に出来ただろうか。ふと、紅梅に登ったものの降りられなくなった猫を救うため、自らも登り、降りられなくなり泣いた従兄弟の姿を思い出した。結局、保護者に助けを求め、後先考えず行動した従兄弟と助けられなかった佐助、二人して怒られた覚えがあった。
佐助は苦笑した。
「なんか、全然変わってなくてやんなっちゃうよね。ここだけ時間の流れが違うみたいでさ。」
東京の汲々とした生活からはあまりに掛け離れている。当時もそうだったが、あまりに懐が広すぎて息をするのに詰まる気がした。隣人の行動を気にかけない東京の方が、佐助の性には合っている。
隣で政宗がようやく窓から身を剥がし座席に腰を埋めながら、佐助の子どもっぽい言い草を笑った。
「何拗ねてんだよ。お前の帰りを待っててくれたんじゃねえの?時間の流れも無視してさ。」
「そんなのはSFの世界だけで十分だよ。」
「ha!これだから都会に染まりきったrealistは。」
「…それ、伊達ちゃんにだけは言われたくないな。」
佐助のぼやきを鼻で笑い飛ばし、政宗が再び窓の外へと視線を向けた。
桜並木は通り抜け、現在、車は山道を通っている。多少均されてはいるものの、交通量が多くないこともあり、雑草の生えた砂利道は獣道に近い。佐助の高校時代には道に砂利すらも敷いていなかったことを思い出し、はたしてあの文明から隔離されたような家は車を購入したのだろうか、と思いを馳せてみた。
「なあ、」
一向に変わる気配のない風景を見続けることに飽きたのか、政宗が佐助に尋ねた。
「たまに話は聞いてたけど。これから行くとこって、実際、どんなとこなんだ?」
「うーん…。」
本来ならば決して答えにくい話題ではないはずなのだが、何とも答えづらい質問をするものだ。佐助は返答に困った。何せ、話題になっているのは、あの家である。
柔道馬鹿。時代錯誤の師弟関係。古風な口調。お館さまと呼ばれる主。あの家の住人は、電話は繋がったから別として、携帯という機器の存在は知っているのだろうか。知らない気がした。
散々悩み言いあぐねた末、佐助は説明する努力を放棄した。
「あれはねえ、実際体験してみないとわかんないよ。」
久しぶりに帰る旨は、先月既にあの家には手紙で伝えてあった。残念ながら、あの家は去年ようやく電話を引いたので、それより大分前にあの家を出奔していた佐助は、あの家の電話番号を知らなかった。桜が見て回りたいからと、友人を伴って訪れることも連絡済だ。
ただその同性の友人が実は恋人です、などと告げたら、どんな反応をするだろう。
佐助は自らの想像に小さく笑った。お館さまと呼ばれる主は無駄に度量が大きいので笑って済ませるだろうが、今年高校2年になるはずの従兄弟は「破廉恥でござる!」と叫んで、夕日に向かって走り出してしまう気がする。
「伊達ちゃん、何があっても驚かないでね。」
それとも、何年も会わない間に、あの従兄弟も少しはそういう方面に明るくなったのだろうか。一般に高校2年といえば、確かに少しくらい抵抗力がついていても良いはずだ。だが、佐助にはどうにも年相応に猥談をする従兄弟が想像つかなかった。
「もしかしたら、鼻血吹くかも。」
「…どんなのだ、それは。」
「どんなのって、それも説明しづらいんだよねえ。」
「…はあ?」
「まあまあ、会えばわかるって。旦那はとってもわかりやすいから。」
呆れた様子の政宗に笑いかけながら、佐助は回る予定の桜の名所を脳裏に浮かべた。大法師公園、雲峰寺の桜、神田の大糸桜。忘れてはいけないのは、日本三大名木の一つの山高神代桜。昔はお館さまに連れられてよく訪れた桜の名所は、この数年で少しくらい変わっているのだろうか。
佐助は車に備えられた時計に目を向けた。時間は午後の二時。今からでも一ヶ所回れないこともないし、何だったら夜桜を観るという手もあるにはあるが。
「伊達ちゃん。桜巡りさあ、明後日からで良い?」
「別に俺は良いが…、明後日?why?」
「いや、帰省も久しぶりだけどさ。伊達ちゃんとゆっくり会えるのも久しぶりじゃない?だから。」
どうせ今夜は宴会で潰れるだろうし、桜は雨でも降らない限り、二晩程度で散ってしまうこともないだろう。
理由がわからず首を傾げる政宗に、佐助はにっこり笑いかけた。
「明日一日、部屋から出ないでいちゃいちゃしたいな。」
初掲載 2006年2月8日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま