痘痕も笑窪   勤め人パラレル


 幸村がようよう呑み会を切り上げ家に帰ると、ナイフとフォークを両手に持った政宗が、テーブルの前で足を振りながら待機していた。その姿に、幸村はふとむやみやたらと食い意地の張った白髪の知り合いを思い出した。
 「おかえり…って遅えよ!幸村、飯!」
 「ただいま。…飯って。今日は会社の付き合いで遅くなる、とメールいたしたでござろう。」
 自分で済ませれば良いのにと言外に含めて、ちらりと目を向ければ、時計は0時を指していた。ずいぶん遅い時間だ。政宗が本当に食事を取っていないならば、自業自得の観が強いとはいえ、さしもの幸村も申し訳ない気持ちがもたげて来てしまう。
 空腹のあまり力が嫌味を思索する努力すら放棄したのか、政宗はただ一言告げた。
 「め し !」
 了承の意を込めて、幸村は大きく溜め息をこぼした。


 幸村が同棲中の愛しの恋人は、名を政宗という。職業は何をしているのか、今もって教えてくれないので謎のままだ。少なくとも、幸村より出勤が遅く帰宅が早いことだけは確かなのだが、職種も勤務形態も何もかも謎だ。
 それでも、職業など関係なしに、政宗が料理を出来なくはないことは幸村もすでにわかっていた。元々、幸村と政宗は高校時代の先輩後輩の間柄なのだが、当時、政宗の料理の美味さは学校中に知れ渡っていたのである。実際、幸村も政宗の手料理を食べたことがある。他愛もないクッキーだったが、本当に美味でほっぺたが落ちそうになるすばらしさだった。
 だから、自分で料理をすれば良いのに、と思うのだが、何故か料理は幸村の受け持ちなのだ。同棲に際して、他の家事はごみ捨てを除けば、一切合財引き受けてくれているのだが、献立に買物・調理と、ある意味一番面倒臭い料理だけは幸村なのだ。
 何故幸村の担当なのか理由が不明なため、これには幸村もほとほと困っている。
 台所は女子の領域、男子近寄るべからず。
 そんな古い固定観念に縛られていたのが、幸村なのだ。料理など、調理実習以外したことがない。


 「出来ましたぞ。」
 30分後。幸村が半分は作り、半分は作り置きしておいた食事を持っていくと、政宗はじっと鮭茶漬けを見つめた。
 「…俺、そっちの方が良い。」
 「これは某の夜食です。政宗殿はただでさえ細っこいのだから、食事だけでもしっかり取らねば!」
 叱りつけた幸村に、「可愛げがねえ。」と文句を呟き、政宗は不満そうに自分の食事を手元へ引き寄せた。
 「大体、何故某が食事当番なのです。作っても、政宗殿はなんやかんやと文句を並べられ…いや、それは置いておくにしろ、政宗殿も某がいないときぐらいご自分の分は料理すれば良いではござらぬか。」
 幸村のしごくもっともな疑問に、ナイフとフォークの代わりに用意した箸で鮭を解しながら、政宗は顔も上げずに答えた。
 「だって、美味いまずい関係なしに、好きな奴の手料理が一番嬉しいんだよ。」
 お前の手料理はまずい、と暗に言われているのだが、幸村は赤面して言葉に詰まった。その様子を見て、政宗が笑った。
 「そうそう。そうやってた方がお前らしくて可愛げがあるって。」
 「ま、政宗殿!」
 結局、あれやこれやで幸村も政宗に流されてしまって、この会話の真偽は定かではない。











初掲載 2008年3月10日