恋する獣   犬耳パラレル


 すんすんと、襖の向こう側からは鼻を啜る音と泣き声とが響いて来る。向こう側で泣いている恋人のことを思って、伊達は小さく溜め息を吐いた。
 伊達が襖を開けると仄暗い部屋に一筋の光が差した。わざわざ敷いたのか、それとも侍女辺りが要らぬ気を利かせて敷いておいたのか。真新しい布団が部屋の中央に座していた。こんもりと盛り上がっている。
 伊達は心の中で溜め息を吐いた。
 「頭を隠して尻を隠さず」という諺があるが、特徴的な赤毛の尾の先と足が、布団の端からはみ出ていた。恐らく「頭」を布団で覆い隠すことに重点を置いた結果、「尻」が出たのだろうが、それはいかにも間抜けな情景だった。
 「幸村、」
 伊達が呼ぶと、それまで布団の中にあった頭がモゾモゾと姿を現した。髪と同色の耳がひょこりと出てぴんと立つのを、伊達は苦笑しながら見ていた。本格的に拗ねているのだろう。枕に押し付けた顔は、上げられなかった。
 仕方がない。伊達は布団の脇に膝立ちし、赤毛の耳を撫でながら、再度真田の名を呼んだ。
 「幸村。」
 そっと優しく囁くと、真田の尾が微かに揺れた。
 真田に自覚はないのだと知っている。自覚はないが、あってもどうにもなりはしないこともしっている。獣とは、こういうものなのだ。感情を隠しきれない。
 愛おしいと思う。こうして触れただけで、歓喜に震える心が溢れ出るこの男のことが。
 「機嫌直せって。」
 込み上げた苦笑は噛み殺す。また不機嫌になられては堪らない。ゆらり、と視界の端で再び尾が揺れた。
 「…ま、まざむねどの。」
 ようやく枕から離れた顔の目許も鼻も赤く、涙と鼻水とで濡れていた。視線は、どこか恨みがましい。しかし、ゆらゆらと揺れ続ける尾が本心を物語っている。
 「お前は可愛いよな。」
 耳を撫ぜると、真田がすんと鼻を鳴らした。
 「可愛いなど、そのようなことありませぬ。決してありませぬ。」
 尾は揺れ続けている。伊達は笑った。
 「可愛いって。」











初掲載 2006年10月20日