進路希望調査   学校パラレル


 俺が進路相談の用紙を集める係になったのは、ひとえに、教師の覚えが良いとかそういうわけではなく教卓の目の前の席だったからに他ならない。
 あるいは、使い勝手が良いから。
 「これ書かせて集めたら適当に終わりで良いからな。猿飛、あとは頼んだぞ。」
 1時間目のLHRの初め、そう言って俺の肩を叩くと、担任の伊達ちゃんは先の台詞通り全て俺に丸投げして、自分は悠々と雑誌なんか捲り始めた。競馬雑誌だ。
 これだから、自分の馬を持っているお坊ちゃんは…。ていうか何でこんなトコで教師なんてしてんだよ。アンタだったら仕事しなくてもセレブリティな生活出来るだろうがよ!
 と、庶民・オブ・ザ・庶民むしろキング・オブ・庶民。庶民の代表として、俺はブチブチ文句を言い始めたのだが。そこはそこ、それはそれ。気にするような伊達ちゃんではない。完全に黙殺される形となった俺の味方など、このクラスにいなかった。誰だって、次は自分にお鉢が回ってくるとわかっていれば、わざわざ口を出したりはしないものだ。とうとう溜息を一つ吐いて、俺はプリントを配るため立ち上がった。


 20分後。


 まだ2年でそこまで深刻な進路相談でもないし…と、俺は立ち上がって用紙を回収し始めた。本当だったらもっと時間をかけて考えてもらって書かせるものなんだろうけど、そんなので持ち帰られて回収できなくて、なんて面倒なことになるのはご免だった。
 何となく興味もあったので、プライヴァシーの侵害かななんて思ったりもしつつ、それでも好奇心に負ける形で、俺は一人一人用紙を回収していくことに決めた。
 しばらくは、さほど問題はなかった。
 毛利は…弁護士?…悪徳弁護士になりそうでちょっと…いや、かなりいやだな。
 元親はH大ロボット工学科に行きたいんだ。ちゃんと考えてるんじゃん。
 真田の旦那は…。
 …。
 「旦那、」
 「む?何だ佐助。」
 そんな犬のような瞳で見上げられても、俺には頭を撫でることも餌をあげることも出来やしないよ。俺は大きく溜息を吐いてから、受け取ったばかりの旦那の進路相談用紙を突き出した。
 「これ、何よ?」
 「?見てわからぬか?伊達先生のお婿さんと書いてあるのだ。」
 「…。だよね。見たまんまだよね。」
 きょとん、と、まるでこちらが何を言ってるんだとばかりの怪訝な顔つきで返され、俺の胃はきりきりと音を立てた。
 「いや、あのさ。そういうんじゃなくてね?もっとある程度具体的なことを書いてもらいたいというかさ。…その、お婿さん、とかじゃなくて。」
 伊達ちゃんにばれたらどんな面倒ごとに発展するか、まるで予測不能だ。そんなわけで伊達ちゃんが気付かないこと祈りつつ、俺は小声でゴニョゴニョと言葉を濁しながら旦那に言った。
 「何、お婿さんでは駄目なのか?!」
 「駄目だって。」
 いつばれるかと冷や汗を掻く俺の心など露知らず、旦那はまるく目を見開き、大きな声で言った。
 旦那の言葉に合わせて息を呑む音がした。
 とうとう伊達ちゃんにばれたか!と慌てて振り向けば、ばつの悪そうな顔をして、かすがが必死に進路相談用紙に消しゴムをかけていた。きっと、上杉先生のお嫁さん、とか書いたんだろう。どうしてこうも俺の周りは、相手の思いなど考えずに、勝手に結婚計画を立てるんだ。お前らもう高2だろ、夢ばっか見てんじゃねえよ。クラスで一番夢見まくりだとばかり思ってたロボットオタクの元親が一番マシな進路ってどうゆうことだよ!
 だが、ここは怒った方が負けなのだ。悲しいかな。よーく、俺はわかっていた。込み上げた怒りを無理矢理溜息で打ち消し、俺は仕方がないので再び旦那に視線をやった。
 「…そうなると専業主夫…いや、家事手伝いでござるか…?」
 末恐ろしいことを呟いている。俺がさっき注意したのはそういう事じゃないってば。気付よ。俺の額に青筋が浮かんだのも、無理がない話だ。
 唐突に、背後で笑いを噛み殺す声がした。慌てて振り向くがもう遅い。
 「真田、お前、何言ってんだよ。」
 とうとう伊達ちゃんにばれてしまったのだ。吉と出るか凶と出るか。しかしどちらにせよ、間違いなく面倒なことになった。青ざめる俺を尻目に、旦那は想い人が声をかけてくれた事実に目を輝かせた。
 「伊達先生!」
 夢見る乙女の顔つきだ。
 伊達ちゃんが、進路相談用紙を手に取って、笑った。
 「お前。専業主夫だの家事手伝いだの、俺がそんな安い男かよ。俺が嫁に欲しいんだったら、最低俺以上は稼いで貰わねえと話にならねえよ。」
 伊達ちゃんの肯定的とも取れる言葉に、旦那は目を輝かせた。
 けど、俺は知っている。俺だけではなく、うちのクラスの誰もかれも。全員。伊達ちゃんが長者番付に載るくらいの金持ちだってことを。
 その事実を失念している旦那が悪いのか、旦那の頭の軽さを念頭に置き忘れている伊達ちゃんが悪いのか。俺は後は伊達ちゃんに任せることにして、席に戻った。盛大に、今日何度目かわからない溜息を吐く。
 どちらにせよ、近いうちにまた一難ありそうだ。











初掲載 2006年9月29日
改訂 2007年9月20日