うわつき


 それは、状況にまるでそぐわない台詞だった。
 「狐の三徳、というものがあるんだって。」
 佐助は何故か改まった様子でそう話し出し、政宗は、「てめえが狐って柄か、糞猿。」と言いかけて口を噤んだ。それは、たまにはご高説を拝聴してやるか、と懐の広さを見せつけたのであれば良かったが、実際のところ、口を閉ざさねば何が飛び出るかわかったものではないせいだった。
 何故なら現在、濡れ場真っ盛りなのだ。ここで嬌声の一つでも上げようものなら、政宗はとてもではないがやり切れない。「堪え性のない恋人」なるものを演じるくらいならば、切腹した方がましである。どうせ佐助は、にへらと相好を崩して、「俺様の、テク?ってば、そんなに良かった?」と嬉しそうに笑うのだろう。それが政宗としては、居た堪れなかった。より正確に言えば、腹立たしかった。
 そもそもこれは、喧嘩の真っ只中に繰り広げられているのである。当たり散らす政宗に耐えかねて、佐助が事態の解決を図った。その手段が、寝てなあなあに流してしまうことだった。普段でさえ滅多に声を出さない政宗が、そのような状況下で啼けるはずもない。政宗は矜持が高いのだ。
 「大陸の考え方らしいんだけど。」
 そう前置きする佐助の声色は神妙なものだ。しかし反して、着物の裾をまくり上げ、政宗の脇腹を撫ぜる掌は猥雑だった。いつの間に済ませたのか、帯は既に解かれている。忍ゆえ、なのか定かではないが、こういうときだけ妙に手際の良いところがまた政宗の癇に障った。手を拘束されてさえいなければ、強かに殴ってやるところだ。
 「一つ、前を小とし、後を大とす。一つ、死すれば則ち丘に首す。一つ、其の色は中和。以上三つで、狐の三徳。」
 今もって好き勝手されている政宗にしてみれば、だから何だ、と佐助を罵りたくてたまらない説教である。
 だが、政宗のそんな胸の内をいっこう気にせず、佐助は続けた。大きく割った袂に気を好くしたのかもしれない。あるいは、現実問題として火に油を注ぐ結果しか生んでいないが、忍なりに教養があるところを、恋人に見せたいのかもしれない。恋人が先ほどから殺気を撒き散らしている現実から、無理に目を背けたいのかもしれない。
 何にせよ、佐助の舌は良く回った。
 「前を小とし後を大とすっていうは、頭から尻尾にかけて段々身体の大きさが増していくことが由来なんだって。大器晩成の顕れ、と説明されてる。死すれば則ち丘に首す、は、狐が死ぬ際に故郷に頭を向ける、っていう迷信から来てるみたい。初心忘るるべからず、ってね。」
 てめえの首を故郷に向けてやろうか、などと物騒なことを政宗は思った。
 「其の色は中和…狐の身体の色は黄色でしょ?それで、黄色って陰陽五行思想では、青赤黄白黒、五つの中間なんだって。これは、順に木火土金水を意味してて、木は火を、火は土を、っていう風に順に強めるって考え方がされてるんだ。お稲荷さんとかに赤がふんだんに使われてるのは、黄の狐の力を火の赤で増すためってわけ。」
 落ちがわかって白けた視線を送る政宗に、佐助は神妙な態度で眉尻を下げて、先の喧嘩の弁解をした。
 「だからさ、旦那ばっか構うな、って怒らないでよ。ね?俺様のためだと思って。今日もこうして忙しい中、俺様ってばわざわざ、政宗に会いに来てるじゃない?」
 「…、…てっめは、土じゃなくて、闇属性だろっ!shut up!」
 「んなこと言ったってさあ…困ったな。」
 しかし、口ほどにも困った素振りを見せないのが佐助だ。突っ込みを無理矢理口にして意力の尽きた政宗に笑いかけ、佐助は言った。それがいかにもお調子者らしい調子だったので、政宗は半眼で佐助を睨み付け、その首に拘束の解かれた腕を絡めた。いっそ言葉を紡げないように首を絞めてやりたかった。
 「今よりもっと政宗のこと幸せにするし、初めに政宗のこと幸せにしたいって思ったのは貫き通してるつもりなんだけど。」
 そんなことは、疾うに知っているのだ。
 それでも、主ばかり気にかける恋人が政宗には歯痒く、佐助は悋気の盛んな恋人の様子をいつも嬉しそうに楽しんでいる。それを政宗も承知しているから、ますます佐助に食って掛かるのだ。何処までも続くいたちごっこだ。限がない。
 我ながらろくでもない痴話喧嘩をしているものだ、と政宗は思った。これでは、いつもは政宗に懐いてまつわりついてくる幸村が、「佐助」の「さ」の字も出ようものなら用事を思い出して逃げ去るという、まさに犬も喰わない状態であるのも道理である。
 仕方がないので、政宗は舌打ちを一つこぼすと、目の前のろくでなしにキスを強請って言い訳を塞いだ。










初掲載 2008年3月2日