政宗に胸倉を掴み上げられ、佐助は一発殴られる覚悟を決めて瞼を閉じた。殴られるのは仕方がないと諦めにも似た感情を覚えていた。一刀の下斬り伏せられる可能性だってあることを考えれば、殴られる程度、何てことはなかった。
佐助は政宗を抱いた。情を通じて、本来ならば立場的に小姓を抱くことはあっても抱かれることはない政宗を、いとおしさの込み上げるまま抱きしめた。
そうしておきながら、結局、佐助は政宗を捨てたのだった。
佐助は武田軍で、政宗は伊達軍で、それは天下を争う限りどうあっても変わりようのない事実だった。佐助も政宗もそれをわかっていて、それでも惹かれて互いを求め合ったけれど、どうしようもないことだってあった。忍である佐助には幸村が全てで、幸村には信玄が全てだった。政宗には伊達軍こそが己の子であり、また、己の分身だった。
だから、佐助は目を閉じた。
謝罪の言葉は上滑り、佐助が抱いている本心を伝えることは決してないような気がした。何より、謝りたいわけではなかった。傲慢と罵られるかもしれない。それでも、佐助は政宗を愛したことを後悔したわけではなかったし、だからこそ、それが過ちであったとも思っていなかった。謝るべきことではない。ただ、選んだそれが、最善の道ではなかっただけだ。佐助はなるべくならば認めたくなかったが、それはどちらかといえば、最悪で最低の選択肢に近かった。
衝撃の代わりに佐助に襲い掛かったのは、柔らかい、知り尽くした政宗の唇だった。噛み付くような口付けにおどろき思わず目を見開く佐助を、政宗はおかしそうに笑った。
笑って、力いっぱい殴りつけた。
そうだ。こういう人だったんだ。
びっくりして何の覚悟も決めていなかった佐助が宙を舞うのはその直後。結局、霧を発生させる作戦において重要な役割を果たしていた佐助が呆気なく倒れたことによって、武田が伊達の参加に下ったことを知るのは、たった一発の殴打に三途の川を彷徨っていた佐助の意識が戻ってすぐのことだった。
紆余曲折を経て、辛酸を舐めたとしても。政宗が全部、欲しいままにねこそぎ持っていくのだ。そのことを失念していた佐助は頬に大きく浮かび上がった紫の痣をさすって、大きく溜め息をついた。
初掲載 2007年6月9日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま