佐助の想い人、奥州の独眼竜伊達政宗は意外かもしれないが、何かと規則を定めたがる傾向にある。軍人気質といえば聞こえがいいが、それらの規則は「俺が規則だ!」という言動に相応しく政宗が勝手に決めたものなので、強いられる方にしてみたらたまったものではない。もっとも、適用されるのは伊達軍と佐助くらいなものなのだが、そのときの気分でころころ変わる規則を見抜くのは、ひじょうに骨が折れることなのだった。完全に見抜き、かつ、別段政宗から強いられることもない地位にあるのは政宗の側近の片倉小十郎くらいだ。これが右目の力なのか、と、佐助が敗北感を味わうことしばしばである。
その日も佐助は数種類の土産を手に、奥州を訪れていた。土産が多岐に渡るのは、これもやはり政宗の気分次第で訪問時の対応が変わるからだ。佐助の雀の涙ばかりの給金は、こうして政宗に貢がれて消えていくのである。しかし、それでも給料を滞納している主幸村にも、理不尽な要求をしてくる政宗にも文句の一つも言えないのは、佐助の立場が弱いからだろう。決して、身分の差がそうさせるのではない。佐助の気質、性格的な立場の弱さがそうさせるのだ。佐助の周囲には、いっそ驚嘆するほど意思の強すぎる個性派しかいなかった。
訪れるときは忍らしく天井裏から。たとえ佐助の方が客人だろうがなんだろうが、お茶は少し温めで出す。つぶ餡よりもこし餡、とはいえ茶菓子の類よりは酒のつまみの方がいい。政宗の前では他人を褒めてはいけない、好敵手の幸村など論外。辛気臭くなるから、ため息をついてもいけない。戦場では手加減無用、下手をすれば佐助が殺される。政宗の執務中は絶対に邪魔をしないこと。
最後の規則は小十郎が恐ろしい形相で告げたものだったが、そんな類のことが決められていた。他は、そのときの雰囲気で読み取れ、というものだ。
では、これはいったい何に属するのだろう。ていうか、この状況は何だ。
視界でぼんやりと滲んだ青が肌色に溶けて消え、佐助の唇に少しかさついた肌が触れた。そんな最中に、佐助はさきに述べてきたようなことをつらつらと考えていたのである。ふいに唇を寄せてきた政宗は硬直している佐助から身を離し、怪訝そうに眉をひそめた。
「こういうとき、目は閉じるもんだぜ?」
不満そうな表情をしているが、その目が心底おかしいと笑っているのに気付いて、佐助は肩の力を抜いた。こういうときに目を閉じるのは普通だが、普通こういうことをする前に、告白とかそういううれしはずかしのときめきイベント的な段取りがあるんじゃないの、という文句はしたところで徒労に終りそうだ。佐助はわき出た嘆息を噛み殺して、せめて意趣返しができればと尋ねた。
「それも、政宗のルール?」
政宗が笑った。
「違えよ。これは、manner。You see?」
マナーがどんな意味の異国語なのか佐助は知らないが、そんなこと、訊かずとも本当はわかっている。佐助は小さく息を呑んで、楽しそうに待ち受けている政宗へ唇を寄せた。
初掲載 2007年6月9日