「アンタは空っぽだね。」
その突然の言葉に、政宗は己を組み敷いている男を見た。言葉は、睦言と言うには異端、世間話と言うには些か場違いなものだ。その不埒な指先を這わせながら、相対する男が現在以外のことを考えていた事実に、政宗は思わず眉を顰めた。何を、人を押し倒しておきながら。そんな文句が思い浮かんだ。
「…何だ、唐突に人物批評か?」
「―――気に障るなら、やめるけど。」
吐いて出た言葉だったのだろう。佐助はいつもどおり食えぬ笑みを浮かべている。だが、他人の心の機微を読むことに長けた政宗には、佐助が内心困っていることがわかっていた。何より、佐助という男は、状況が悪くなれば悪くなるほど、この笑みを無理矢理にでも貼り付けるのだ。元より話すつもりのなさそうな、それどころか早々に台詞をなかったことにしてしまいたさそうな佐助の雰囲気に、気付けば、選択肢は一つしかない。政宗は往々にして嗜虐心旺盛である。また、この心情を滅多に語ることのない忍びが、吐露せざるを得ない状況を逃すような男でもなかった。
「…いや、いい。これも興だ。続けろ。」
「…アンタは。」
一瞬、佐助の眉根が寄り、政宗は泣くのかと思った。しかし政宗の穿つような一心の視線にたじろぐこともなく、佐助はただ小さく笑うと、政宗の病的とも取れる白い額に、冷たい唇を押し当てた。政宗からは、佐助の顔が見えなくなった。
「アンタは空っぽだ。何もない闇を抱えてて、」
紡がれ始めた言葉と連動して、佐助の喉仏が動く。そのことに政宗は悪戯心を刺激されながらも、ただ、佐助の言葉を待った。
「闇で暗いのに。なのに。光を放つんだね。」
それは言葉を探るように、単語を選ぶようにしてゆっくりと吐き出され、そこで終った。
政宗は暫く続きを待ってみたが、佐助の喉元が動く気配はない。政宗は、内心溜め息を吐いた。
「テメエが空虚を忘れるために、明るく振舞うのと同じだろ。」
「ううん。違う。…アンタは…。アンタは、旦那と同じで、すごく、眩しいよ。」
佐助の言葉に続きがあるものと思わず、かつ即座に返答があるなどとも思っていなかった。そのため目を見張った政宗の、その様子を感じたのか。頭上で佐助が小さく笑う気配がした。
「何でなんだろうね…闇を持つから、余計そう感じるのかな?暗闇の中で光がいっそう眩しく見えるみたいにさ。」
再度、額に口付けた後、佐助は僅かに身を離して政宗の顔を見た。政宗ははっとした。目の前では無意識の内だろうが、佐助が、酷くもどかしそうに、悲しそうに笑っていた。
「いや、…うつろだからこそ。アンタは輝いてるのかな。」
政宗の様子に気付かぬのか、気付いていて気付かぬ素振りをしているのか。佐助は、いつの間に手をかけていたのか眼帯を取り払うと、政宗の長い前髪を掻き揚げ、その右目を見た。眼球を失った右目跡は空ろで、黒く変質している。恥辱に気付いた政宗が右目に手を当てるよりも早く、佐助の手が、政宗の手を掴んだ。睨みつける政宗に、佐助がまたあの、見る者が切ない気持ちにさせられる表情で、笑った。
「大切なものは全部、一緒に失くしちゃったんだね。」
痘瘡跡に当てられた佐助の唇は、酷く冷たかった。
初掲載 2006年10月12日<