政宗殿と出会ってから世界が輝いて見える。
目を輝かせて子供のようにのたまう主に、佐助は呆れ半分諦め半分で、ああそうなのと生返事をした。
気乗りのしない佐助に気付かぬ様子で、幸村は握り締めた拳を振り上げ、とうとうと熱情を語り始めた。その様子はまるで恋に浮かれ騒ぐ生娘だ。初めての恋に逆上せ上がって、自分も周囲も見えちゃいない。
実際、幸村にとってこれが初恋なのだろう、と佐助は思う。自分が仕える前は知らないが、朴念仁の代名詞に使いたいような真っ直ぐな男だ。恋も色も知らないに違いない。それがわかるからこそ、佐助は言いあぐねる。
相手は敵の総大将ですよ。恋なんておろか情を寄せるなんて、あっちゃあならないことなんですよ。
それでちゃんと、旦那は、殺せるの?
頬を上気させて思いを募らせる幸村の面に、いつか見た独眼竜の苦い顔が重なった。少なくとも、相手はちゃんと「そうあるべきでない」関係をわかっている。それでも、あの眼差しは苦味ばかりではなくていとおしむ色を備えてもいたことも佐助は知っている。幸村を愛おしみ、その喪失をいと惜しむ色が。
忍としては認めてはならないもやもやした感情が佐助の胸に沸き起こった。感情を削ぎ落として生きるのが忍だ。主のために生きるのが忍だ。その忍が、まさか、敵将に同情など寄せて良いはずもない。
ともすれば顰めそうになる顔を制し、用事を思い出したと言い捨て、佐助はその場を無理矢理辞退した。背後から、嘘を申すな、と幸村の叱責が追いかけてきたが、佐助は振り返らずに窓枠を跳んだ。
傷を治すつもりがあるなら、傷口が広がる前が良い。でも、思い知らせるのは佐助には荷が重い。いつかは言わねばならぬことだが、今でなくとも良いだろう。佐助は一人結論を出した。
何にしたって佐助の主は、傷を治すつもりもないのだ。きっと。
跳び出した瞬間、佐助の視界に映った空は小癪なくらい青かった。
初掲載 2008年7月13日
蒼と紅で5つのお題さま