蒼紅5題 : 五、「最後×最初」   ※死にネタ


 先ほどまでしとどに濡れていたのに、気付けば、その感覚がなかった。それが失血によるものだと気付くのに、血の巡らない頭では随分かかった。幸村はともすれば荒くなる一方の呼吸を必死に殺し、木に腰を預け休んでいた。
 秀頼の出陣を乞うてからの時間が酷く短く感じられた。考える暇もないくらい、多忙だったせいだろう。あれは確か今日のことだった。それから、先がないことを承知の上で全軍率いて突撃し、家康本陣へ攻め入ったものの命を取るにはいたらなかった。その際負った傷は浅くはなく、失ったものも軽くはない。此処へ幸村を案内した佐助だけが、辛うじて生き延びていた。他はわからないが、戦況を見る限り降伏あるいは自害だろう。せめて秀頼が出陣すれば何か変わっていたかもしれないが、今更の話だった。秀頼は出陣を拒んだ。それだけが事実なのだ。
 次第に遠退いていく意識を幸村は必死に押さえつけ、近付く者に笑いかけた。
 「政宗殿…このような場所に、供もつけずに如何致した。」
 「あんたが居るって情報があった。そっちこそ忍はどうした。死んだのか。」
 「さあ…どうであろう。」
 はぐらかすようなその返事に、政宗が眉間に皺を寄せた。幸村が口にした台詞は本心だが、信じられない思いなのだろう。幸村が今尚諦めず、佐助を用いて東を攪乱しているとでも思っているのかもしれなかった。そうであればどれだけ良かったか。幾らか咳き込み血を吐いた後、幸村は努めて明るく笑った。口端を伝った赤黒い血はすぐさま甲で拭ったが、政宗は幸村の吐血もそれを隠した手が失血にぎこちなく震えていることも見逃さず、咎めるような視線を向けた。
 「やっぱり、死ぬのか。」
 「そのようでござる。」
 「死ぬぞって俺は言ったのに、あんたは結局西に付いたな。」
 「初めから今まで交わらずに続いてきた生。今更和しても詰まらぬかと。」
 「そして、最後までそれを貫いて死ぬか。」
 「武士の生き様なれば。」
 挑発的に言い切った言葉に政宗が憂いに眉を顰めた。迫る死にぼやけ始めた幸村には捕らえきれない動きだった。それを殺すよう笑みを浮かべ、政宗は片膝を落とし、そっと幸村の頬に手を当てた。血の気を失った頬肉は青白く、信じられぬほど冷たかった。かつて感じた熱の名残を留めず死の香りをさせるその冷たさに、政宗はゆっくり唇を落とし、幸村の耳に囁いた。
 「結局、あんたの最後は俺だったな。」
 揶揄する言葉に幸村は浅く息を洩らし、腹に巻かれた布の上から傷口を押さえていた手を伸ばした。ともすれば崩れ落ちそうな、鮮血に塗れた震える腕を政宗が手に取り助けてやると、幸村は政宗の頬に当て満足そうに低く笑った。触れ合わせた肌の合間からぬるりと血が滴り落ちた。
 「政宗殿の最後になれずとも、某は、最初の男だった。」
 「…道は初めから終わりまでずっと、違えていたのに。何で互いを選んだんだか。」
 「であれば、人生は面白い。」
 再び笑った幸村に誘うように目を向けられ、政宗は唇を重ねた。常より近くに感じる血の香りに、加速していく死の腐臭。耐え切れず、強く目蓋を閉ざした。
 最初から最後まで重ならぬ道だった。違え続けた道だった。――だのに、その喪失が怖かった。










初掲載 2007年10月16日
蒼と紅で5つのお題さま