しきたり雀


 ひゅんと飛んできたその物体を佐助は命からがら受け止めた。気を揉んではいるものの、事態はそれほど深刻ということではない。それでも命からがらなのは、言うまでもなく、佐助が小十郎から脅されているためである。幸村が訪れるたびに発生する伊達の被害額はうんじゅう石。胸元を掴みあげられ、戦場で主が傷付けられでもしたようなどすの利いた低い声で告げられれば、誰しも必死にならざるを得ないだろう。そんな凄みが小十郎という男にはあった。
 しかしこんな事態を発生させているのは、今回に限っては幸村の粗相が原因というわけでもなく、政宗なのだ。小十郎が無二の主と定める伊達政宗、そいつがこんなことをしでかしているのだ。何で俺様がこんな尻拭いさせられてんだろと思いつつ、佐助は受け止めたものへ目を落とした。それはいかにも高そうで脆そうな茶碗だった。どうやら本気で頭にきているようである。致し方ないとは思うものの、旦那、と思わず佐助の口から溜め息が洩れ出た。
 契機は、政宗が茶でも教えてやろうと、幸村ににっこり笑って言ったことだった。その笑みに何か裏があったとかそういうことはない、と佐助は思う。単純に茶の作法を知らないと言った幸村への好意からだろう。政宗の言を、幸村もあれば尾を振る勢いで喜んでいた。想い人と一緒にいれることが嬉しかっただけかもしれないが、そんな幸村の威勢の良い首肯に対し、政宗も機嫌が良さそうだった。
 半刻以上前の話ではあるが。
 「…んで、何でテメエは何度言ってもわかんねえんだよっ!」
 「しかしそうは言っても、」
 「うるせえ!」
 実際に身体を使い覚えること以外に関して非常に覚えの悪い幸村に、政宗が切れたのはもう随分前のことになる。部下の小十郎に輪をかけて、堪忍袋の緒が短いと噂の政宗だ。もしかしたらあれは誰かがすぐ解けて切れてしまうよう細工を施しているのかもしれない、だってあれほど短いんだし、などと庭から様子を覗っていた佐助は胸中密かに嘆息した。そんな風に呆れ帰った佐助の肩を、強く掴んだ者がいた。気配を微塵もさせないとは何者だと振り向けば、鬼のような形相をした小十郎である。笑顔のはずなのに、物凄く怖い。その後ろには、申し訳なさそうな困った笑みを浮かべている茂庭綱元の姿があった。
 「これ以上ものを壊すようなら、テメエんとこの主に伝えるからなって言われてもさあ。俺様のせいじゃないじゃん。いつもは確かに旦那のせいかもしれないけどさあ、今回は伊達の旦那のせいじゃん。」
 そうこう言っている間にも、ひゅんひゅんものは飛んでくる。佐助は影分身を駆使することで、それらを取りこぼさぬよう努めた。伊達から武田へ請求書が回ろうものなら、絶対、主不監督ということで佐助の給料から天引きされるに決まっている。何だかんだで先月分ももらえていないので、流石に、今月分は給料をちゃんともらいたいものだ。
 長々溜め息をこぼしていると、ひゅんと何かが飛んできた。どうせまた茶器か何かだろう、どうせ受け止めなきゃいけないんだし、そんな風に油断していて佐助は避難できなかった。飛んできたものは、伊達の竹に雀の家紋入りの非常に大きな茶釜だった。茶室のどこにそんな奇天烈なものが仕舞ってあったのか、定かではない。
 ネタで政宗が仕入れていたのだろうそれを、がつんと顔面で受け止めて、佐助はそのまま気を失った。その後茶室から洩れ始めた不穏な仲直りの音を、気絶した佐助が耳にすることはなかったので、幸いといえば幸いだろう。










初掲載 2006年10月11日