毛利の秘密


 元就の第2衣装は口布がついた神官のようなタイプだ。取得して以来、元就はその衣装を好んで纏った。
 理由を尋ねても元就にしては珍しく言葉を濁すばかりで、いつものハキハキとした若干見下したような返事はない。元就に虐げられながらも「ダチだから。」の一言でスキンシップだと済ませてしまっている元親や、同じように虐げられながらも策略のうちだしと信じ込みたい部下たちは一様に首を捻るのだった。


 だがここに、その理由を知っている者がいた。元就の幼少からの友人である政宗だ。
 元親をからかった帰りに元就の居城に足を伸ばした政宗は、招待されて、元就と二人で酒を飲んでいた。生粋の北国育ちの政宗はザルを通り越してワクの勢いで酒に強いが、元就はそうでもない。人形のように白い面を若干赤く染めて、チビチビと酒を舐めていた。
 「元就、お前まだdisclosureしてねえの?」
 タイミングを計っていたのか、あるいは質素な当たり障りのない部屋にふと洩らしたのか。政宗の問いに元就は溜め息を吐いた。
 「洩らすつもりはないと言っておるであろう。」
 「でも辛くねえか?」
 「威厳を損なう。」
 きっぱりとした返事に政宗は力なく笑った。そりゃあまあ威厳はなくなるだろう。しかも、伊達や長曾我部なんかと違って毛利は主に恐怖政治で成り立っているようなものだから、威厳がなくなったら毛利は崩壊する。
 信長や光秀と並ぶ鬼畜として名高い元就だが、実は一つだけ、秘密を隠している。
 「そういえば、犬は元気か。」
 「ん?ああ、幸村か。無駄に元気だぜ。」
 「そうか、それは良かった。」
 普段はきっちりと引き伸ばされた元就の口元が綻んだ。元親や毛利の家臣がこの場にいたら、まず目を疑っただろう。その笑みは優しさに満ち溢れていた。
 「あれはいい。我もこのような身分でなければ飼ったものを。」
 「一応あれでも俺の恋人なんだが。」
 「ふん、犬を恋人にするなど趣味の悪い。犬は飼って愛でてこそのものだろう。」
 「つーか、そもそもあいつは人間だって。」
 恐怖交じりのカリスマ政治が売りの織田やドメスティックバイオレンスが売りの明智と似たようで違う政治を執り行っている毛利。元々元就が家を継いでから家風が変わったのだから当然といえば当然だが、元就は家臣を虐げるプロである。何しろ、策士である以前に生粋のサディストだし。
 しかしそんな元就だが、意外なことに、人間以外にはめちゃくちゃ甘い。砂糖菓子よりも、政宗に対する小十郎よりも、利家がまつに囁く愛の言葉よりも甘い。
 仮に長男が死ぬようなことがなく、次男としてそこそこの地位で生きていける立場だったら、元就は地位など捨てて、どこか広大な大地に動物園を作ろうと思っていた。長曾我部辺りに攻め入って南国系ばかり集めてもいいし、伊達に頼み込んで北の生物ばかり集めても良いなあとつらつら妄想するのが趣味だった。自室の金庫にはこっそり買い溜めていたご当地白猫やぬいぐるみが、大量に安置されていた。独立したら、部屋をファンシーに飾り立てようと心に決めた。
 だが最終的には兄が死んだので、元就は夢を諦め泣く泣く実家を継いでみた。
 幼少期。
 痘瘡を負い、母の嫌がらせから逃れるようにして訪れた南の国で出会った姫若子と無愛想な少年。その無愛想な少年が、元親のいないとき、突然能面のような顔を輝かせて赤ちゃん言葉をまだ雛だったオウム相手に吐いたときには、流石の政宗も引いた。絶句して、思わず手に持っていた紅葉饅頭を地面に落とした。
 え?マジ?あれ?この人こんなキャラだったっけ?
 しかも、元親が戻ってくると、元就はすぐさまいつもの能面に戻ってしまった。
 そんなものだから、政宗は自分が幻覚でも見たのじゃないかと強く隻眼を擦った。擦りすぎて、暫くは両目に眼帯を付ける羽目になった。元親には笑われた。
 「梵天…言ってくれるな。」
 両目が使えず布団で寝ていた政宗のところに、そっと忍んでやって来た元就に、(ああ、あれは夢じゃなかったんだ。)と、まだ幼かった政宗は絶望を感じた。信じていたものが全て足元から崩れ去った気分だった。
 「…言えるわけないよ。」
 言ったって、誰が信じる。
 「そうか。」
 政宗の諦めを含んだ返答に、元就は満足そうに頷いた。


 それ以来、元就は政宗に対してだけは動物好きを隠さなくなった。政宗も、最初の頃こそそんな元就の様子に鳥肌が立っていたものの、気付けば受け入れてしまっていた。更に元就は政宗に隠さなくなった。政宗にとっては悪循環である。もう諦めたから、別にどうだっていいが。
 「そういえば、元就。最近第2衣装ばっか着てねえか?」
 「貴様もだろう。」
 「小十郎がお揃いで喜ぶし、幸村がか。」
 「それ以上は言わなくていい。」
 「ん?そうか」
 惚気を差し止められた不満を少しも出さず、あっさりと政宗は引き下がった。
 「お前は?」
 「…最近の武将はオウムやら猿やら烏やら動物を飼うのが流行っているのか?」
 「……ああ。見ると口元が緩むから、口布?」
 「…。」
 「…。まあ根詰めないで。息抜きに忍でも飼ったらどうだ?鳥飼ってるようなやつで。」
 「そやつにばれて部下に情報を洩らされては敵わん。」
 「北条に話せない忍がいるぜ。風魔小太郎っていう奴。情報を洩らせなきゃ大丈夫じゃねえの?」
 「…。」
 「それにあいつ、兎っぽかったし。」
 その一言で、元就がきらりと瞳を輝かせた。いつもの無機的な瞳は何処へやら。やたらめったら嬉々として、まるで自分を前にした幸村のようだと政宗は思った。政宗を前にした幸村は、尻尾があって振っているのではないかというくらい、喜びを示すのだ。
 「北条か。」
 「城は俺も欲しいからな。何だったら手伝うけどよ?」
 元就が政宗の提案にどう返したか。
 3ヵ月後。南と北で場所が離れすぎているというのに同盟を組んだ毛利と伊達に、攻め落とされた小田原を見れば一目瞭然のことだろう。










初掲載 2007年2月12日