犬も喰わない


 片倉の仕えている主は伊達である。伊達は唯一無二の存在として在るし、おそらくそれは一生変わることはないだろう。片倉が仕えると決めたのは伊達だけで、それは不動の決定だ。
 伊達は、例えばその場限りの恥辱や快楽や勝負や取引といったものには目もくれず、常に大局を見据えて行動するような人物だ。また利用することは数あるが、利益なしに利用されてやることはない。まさに、君主となるために生まれてきたような人だと、片倉は十も年下の伊達のことを何よりも誇りに思っている。
 が、何事においても例外がない、ということはない訳で。
 「Fuck!ふっざけんな!テメエが悪ぃんだろうが!素直に認めて謝れよ!」
 「何を申されるか!某は何も悪くはござらん!政宗殿こそ、少しは己の言動を省みられては如何か!」
 真田関連に関しては、非常に、大人気ない。年相応…とも言いかねる程、阿呆らしい応酬がなされる。現に、片倉の隣では居た堪れなさを感じたのかはたまた呆れたのか。今は修羅場と化しているあの場に、先程まで居たはずのいつきが避難してきている。
 しかも、とりわけ真田相手で多いのは、
 「何でいっつも、佐助がお館さまが、って!少しくらいは俺を見ろよ!shut up!」
 「何を!某はいつも政宗殿だけを見ているではないか!大体、そう言う政宗殿こそ、政事に片倉殿にいつきにと、某を少しも構ってくださらない!」
 「構ってんだろ!」
 痴話喧嘩なのである。その上、この上なくくだらない。
 馬に蹴られるのはごめん被りたい片倉は、仕事道具を手馴れた手付きで抱えると、いつきを伴って二人の罵声とその後に続くであろう物音が届かない屋敷の離れへと向かうのだった。










初掲載 2006年12月8日