伊達の秘宝を頂戴するなどと言って、長曾我部軍がわざわざ四国から奥州まで攻めに来たとき、伊達の誰もが首を捻った。
伊達の秘宝とは何ぞや?
伊達君主の政宗が愛用している煙管や茶器や鉛筆は高価なことは高価だが、「秘宝」というレベルでもない。傾国の美女を娶っているどころか、政宗は未だ妻帯すらしていない。妹も別に居る訳ではない。部下は非常に有能であるしそれ以上に大切だが、「秘宝」かと問われれば首を捻るしかない。
「秘宝ぅう?何だそりゃ。」
攻め入るところを間違えたのではないか。政宗は長曾我部の宣戦布告に胡散臭そうな目を向けた。
しかも、何で四国からはるばる奥州に?織田でも豊臣でも、何だったら金がざくざくありそうな今川や本願寺でも行けば良いではないか。あるいは徳川に本多忠勝を求めに行くとか。
政宗は、忠勝を手に入れて人間なのかどうか非常に確認してみたいのだが、「これ以上変な知り合いを作らないでください」と鬼庭に泣かれて断念している。徳川は伊達の同盟相手でもあるし。
しかし、勿論よくわからないからといって、まさか伊達に秘宝はありませんなどと言える政宗ではない。政宗のプライドは海より深く山より高く、小十郎の政宗への愛情と同じくらい重く、幸村の政宗への愛と同じくらい非常識なのだ。しかも、面白いことが三度の自炊よりも好きと来たからには、勝負を受けない訳がない。
「まあ、負かしゃ問題ねえだろ。いくぞ野郎ども!Ready guys?!」
「Yeah――――――!!」
戦だというのに血気盛んながらも何故か和やかな雰囲気の中、だがここに、一人真剣な面持ちの男が居た。政宗の右腕もとい右目である、片倉小十郎である。
(伊達といえば政宗様。政宗様といえば伊達の至宝。くそっ!あの野郎、政宗様を狙って来やがったかっ…。だが、俺の命に代えても政宗様は渡さねえ!ブッコロす!!)
見当違いも甚だしい。
が、この勘違いが原因で、結局小十郎は政宗も予想しなかった獅子奮迅の働きを見せた。
(普通そこは俺だろ。)
と政宗が思わなくもなかった、何故か元親と小十郎で始められてしまった一騎討ち…それは一騎討ちというのもおこがましい一方的すぎる展開ではあったが、その様子を政宗は頬肘ついて見つめていた。傍らには、政宗自作のおにぎりが山積みされている。おにぎりを食べる必要すらない戦だった。というか、今回の戦で政宗は刀を抜いていない。抜刀する暇もなく、小十郎が長曾我部軍を殲滅してしまった。死屍累々。そこかしこに山積みにされているのは、死んでこそいないが、半殺しにされた長曾我部軍のみなさんだ。
「理由わかんねえけど、こんなにキレてる小十郎見たの、真田が梵を嫁にくださいって挨拶に来たとき以来じゃね?」
「…そうかもな。」
一騎討ちの様子をおにぎり片手に傍観している成実に、諦観していた政宗は溜め息を吐いた。
「はあ…。」
「何?真田シック?」
「シゲにはわかんねえよ。恋人が来たって、小十郎に追い返されるから会えねえ俺の気持ちなんざ。もう7ヶ月だぞ。」
「間に冬が入っちゃったから余計なあ。」
「………はあ。」
まさか長曾我部が伊達に来たのが、政宗同様脳内が会えない恋人のことでいっぱいいっぱいの幸村の失言ゆえだったとは、誰も夢にも思わなかった。思うわけもない。というか、ばれたら幸村の命が小十郎に今度こそ間違いなく搾取されるだろう。一貫の終わりだ。
「かっ、片倉の兄貴イイィィ!オレを弟子にしてください!!お願いします!!!」
「テメエに兄貴と呼ばれる筋合いはねえ!さっさと去ね!」
「兄貴ってばつれねえなあ!」
「ほざけ!」
一騎討ちや武器は何処へやら。ガシガシと蹴られながらも笑顔の元親が眩しい。眩しい以前に痛々しい。一人でも袋叩きってできるんだあ、と成実は思った。正真正銘の、あれこそがまさにリンチだ。あれがリンチでないなら何をリンチというのか。ちらりと隣を見れば、政宗は幸村に想いを馳せてしまい、心ここに在らずの状態だった。成実は溜め息を吐いた。
「小十郎が戦全部済ませちまうし、梵は相手にしてくれねえし、真田も冷やかせねえし、そのお付の忍も来れねえから決闘できねえし。オレ、つまんねえ。…旅にでも出てこようかなあ。」
思い立ったが吉日だ。確か、前田の甥がそう言っていた。成実は大きく頷くと、そういうわけで成実は従兄弟が食べないおにぎりを餞別にもらい、すぐさま出奔したのだった。
ちなみに、伊達に居ついた元親の分まで、失言がばれた幸村は小十郎に締め上げられたそうな。
めでたしめでたし。
「めでたくござらんっ!」
初掲載 2006年11月28日