「…この、下手くそ。」
初めての政宗殿と閨を共にした翌日。不機嫌極まりないという風な政宗殿に、言われてしまった。しかし下手くそと言われても、俺は、男のみならず女だって抱いたことはなかったのだ。政宗殿が正真正銘初めてなのだから少しくらい我慢してもらいたい。大体、何だかんだと言いながら政宗殿だって気持ち良さそうだったではないか。
そういう問題でもないのだが、俺は政宗殿の発言に対してそう思った。思うと同時に悔しくなって、涙がこぼれた。それは、男としての矜持がぼろくそに非難されたためでもあった。
「政宗殿の、ばかーーーーーー!」
政宗殿が何かを言おうとして口を開いた。そんな政宗殿からまた文句でも飛び出すかと思い、俺はその前に政宗殿の邸宅を飛び出していた。
さて、飛び出したところで何にも事態は解決していないどころか悪くなるのが常である。
政宗殿が追いかけてきてくれるのではないかと淡い期待を胸に、俺はぐずぐず走り続けていたが、一向に政宗殿がやって来る気配はない。そんな政宗殿の薄情さと自分の楽観に、俺は酷く苛立った。終いにはとうとう伊達殿の邸宅から少し離れた大きな木の下までやって来てしまい、俺は仕方なくそこに腰を下ろすことにした。そして体育座りで膝に顔を押し付け、俺はすんすんと、まるで迷子になった赤子のように泣いた。
「ま、っ、まざっぶねっ、どの、っのっ、ばが…っひっく。」
泣いているうちに、俺の精神も落ち着いてきた。政宗殿が追いかけて来れるはずがない。もう無理と言われてなお、性の衝動が堪えきれずに、一晩中、政宗殿を抱き続けたのは俺なのだから。そういえば、腰が痛い腰が痛いこの馬鹿と、散々、あの一言までの間に詰られたではないか。そして最後に、この下手くそと止めを刺されたのだ。
そんなことを考えているうちに、段々、俺は塞ぎこんできた。政宗殿が俺のこんな幼稚な行動に呆れ果てて、今度こそ俺を見捨てたらどうしよう。幸い、今までは政宗殿はそんな俺の実直さに惚れたと言ってくれたが、今後もそんな幸運が続くとは限らないのだ。大体、あの誇り高い政宗殿が、俺如きのために男としての矜持を捨てて抱かれてくれたのに、俺は何故あんな一言に矜持を傷付けられたと思ってしまったのか。政宗殿に合わせる顔がない。
泣き続けていたら瞼が重くなってきた。何も考えたくなくて、俺は眠気に身を任せた。
「ゆきむら。」
名を呼ばれて顔を上げると、政宗殿が苦笑して立っていた。
「政宗殿…。」
「お前、急に逃げるなよなぁ。」
笑う政宗殿に、俺は今がどんな状況であったかを悟って、はっとした。わざわざ政宗殿が追ってきてくれた、今、謝るしかない。
「ほっ、本当に申し訳ござらん!」
地に額を擦り付けて平謝りする俺を、政宗殿が起した。
「ほら、そんなん良いから早く帰っぞ。昼飯だ。」
そして政宗殿はぶっと吹いて、俺の口元を指差した。
「お前、涎の跡が付いてるぞ。」
「すっ、すみませぬ!」
慌てて口元を拭う俺を政宗殿が目許を細めて笑った。
「…さっきは言いすぎて悪かったな。」
「いっ、いえ!某の方こそ政宗殿の身体のことも考えずがっついてしまいすみませぬ!」
「いや…まあ、うん。あれは愛されてるなあってんで、良いんだけど。いや、やっぱもうちょい加減をな?」
照れながら言う政宗殿に嬉しくなってしまい、俺は政宗殿に抱きついた。すると、だから腰が痛えんだって、と容赦手加減なく本気で政宗殿に殴られた。伝説の右だ。しかし殴られてなお、俺の心は、さきほどまでの不機嫌が嘘のように晴れていた。
初掲載 2006年5月23日
改訂 2007年9月18日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま