どうしてこんなことになったのだろう。
「呑みすぎたか…?熱ぃなあ。」
目の前には、そう言って色を湛えた瞳でこちらを見つめてくる伊達殿がいる。着込んだ着物から覗いた肌理の細かな白い素肌が眩しい。酔っているのか目許はほんのりと紅く染まっていて、それが更に俺の雄を駆り立てた。俺は沸いた生唾を飲み込み、無意識のうちに伊達殿に延ばしかけた右手を、慌てて左手で叩き落した。
(いや駄目だ駄目だ駄目だここで手を出してどうする幸村お前は武士だろうこんな状況に流されるなど末代までの恥であるぞ!)
(いやいや手を出さないでどうする据え膳喰わぬは武士の恥とも言うではないか行け幸村!)
頭の中で漢な俺と男な俺とが取っ組み合いの喧嘩を始めた。手を伸ばして良いのか、我慢の限界が来る前にお暇した方が良いのかわからず、俺はただ沈黙するしかなかった。人生最大の葛藤である。
今日、俺は武田の使者として、奥州を訪れた。佐助も付いてきたはずだが、どうしてか、一緒にいた記憶がない。伊達殿や片倉殿に迎えられたときまでは、確かに一緒にいた。しかしそれ以降、伊達殿と会談し、伊達殿の作った晩飯を馳走になって、伊達殿と酒を酌み交わしている現在までに見かけた覚えがない。佐助はどうしているのだろう。佐助だったらこの状況を打破する助言をくれるのではないかと思い、俺は天井へと視線を這わせた。
「佐助ならいねえぞ。大方お前送り届けたしってんで、上杉公んとこのくのいち口説きに行っちまったんじゃねえの?」
俺の視線に気付いた伊達殿が、小さく人の悪い笑みを浮かべながら指摘した。そうしながら後ろに手をつき、拍子に覗いた伊達殿の細く白い足首に、俺の不埒な胸が思わず高鳴った。
「大体。俺を前にして、俺以外のことを考えてんじゃねえよ。You see?」
やはり強かに酔っているのであろう。常であれば言わぬ伊達殿の文句に、俺は弱り果ててしまい俯いた。顔が燃えるように熱かった。そんな俺の様子を見て、伊達殿は再び笑った。
伊達殿は俺が告白したことを、覚えているのだろうか。俺は次第に恨めしい気持ちになってきた。
伊達殿に想いを告げたのは一月前の訪問時。二人きりで遠乗りに出かけたときのことだ。佐助には散々励まされ、粗相をしないようにと注意されつつ送り出され、そして夕陽の中俺は一世一代の告白をした。鼓動の音は耳まで届き、緊張と不安と期待で手は汗に濡れていた。
「だ、伊達殿!某お慕い申し上げておりまする!」
本気の俺の告白を伊達殿がちゃんとわかっていたかどうかは怪しい。
告白の後に苦笑して俺の頭を撫でてきたから、きっといつものじゃれあいだと思っただろう。夕日もまずかった。俺の真っ赤な顔が隠れて丁度良いと思っていた夕日効果は、かえって俺の真剣味を隠してしまったようだった。率直的にしようと丸一週間考えに考えて決めた台詞も、今にしてみれば「友情」の意味合いでも取れた。俺は凄く失望し、絶望した。そして意気消沈肩を落として半泣きで帰還し、わあわあ泣いて佐助に慰められた。
あのときのことを少しでも、そう、冗談だと思っていたとしても、少しでも覚えていてくれれば、このような無体な真似はしないのではないか。いや、勘違いしてればそのようなことはないか。
段々泣きたくなってきた俺の様子を笑いながら、伊達殿が言った。
「あのとき言ったのは何だろな?」
俺はびくりと肩を揺らした。
「俺の勘違いかなー、まあ、そうかもしれねえよなー。」
「な、何がでござりますか!伊達殿!!」
考えていたときに言われたから俺があのときの告白と結び付けただけで、実は何一つ関係などないのかもしれない。それでも焦ったように問うた俺の言葉に、伊達殿が不満そうに濡れた唇を尖らせて、しかし瞳はやはり笑ったまま言った。
「いつまで伊達殿でいる気だ。ゆ・き・む・ら。」
「ま、ま、ま、さ、むねどの。」
高鳴る胸に止めを刺すかのごとく、伊達殿が、いや、政宗殿が言った。
「呑みすぎて、熱ぃんだけど。……はっきり言わねえと、駄目か?」
政宗殿の形の良い手は腰帯に添えられている。俺はどうしたら良いのかわからず、混乱極まった状態で政宗殿を見た。
「幸村?」
上目遣いで言われ、俺は呆気なく陥落した。もとより、陥落していた身ではある。陥没したという方が正しいのかもしれない。いや、何を言いたいのか、混乱していて自分自身わからない。結局、男な俺が戦を制したことだけがわかった。いや、真実の勝者は―――、
「ま、政宗殿。」
そろりそろりと俺は政宗殿の腰帯へと、手を伸ばす。俺の目の前で、勝ち誇ったように政宗殿が嫣然と微笑んだ。
初掲載 2006年5月19日
改訂 2007年9月18日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま