都々逸二十五、「恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす」


 真田の旦那は常であればお館様がお館様がとうるさいのに、最近それが少なくなってきた。少なくなったとはいえ、勿論大将の話題は多いし、大将との殴り合いもある。ただ、それでも減ってきたことは確かで、ふと、旦那は何かを思うように遠くを見ることが多くなった。それは思わず見かけたこちらがはっとするほどの、真摯さを称えた瞳だった。どこを見ているのかと旦那の視線の先を追ってみても当然のごとく何もなく、俺は旦那が大将と実在するもの以外で気にかけるものがあったんだ、と感心した。
 切っ掛けは、茶屋で団子を待っているときや、紅葉が枝から舞い落ちた瞬間、それに戦場で立ち上る硝煙で白く染め上げられた空を前にだったりと、てんでばらばらで共通点が少しもない。最初のうちこそ珍しいこともあるもんだと傍観していた俺も、そんなことが続き次第にその回数も増えるにつれ、不安になってきた。遠くを見ている旦那は遠くに思いを馳せているようで、あまりに、旦那に似つかわしくない。直視的な旦那の幼さとも取れる純粋さが好きな俺は、不安に駆られるのだ。
 鍛錬の時間ふと遠い目をした旦那に、俺はずっと胸に仕舞っていた質問を投げかけた。
 「旦那、何考えてるんですか?」
 旦那の見つめているものを知ればこの不安も納まるのだろうか、いや、その回答に納得できなければきっと俺は悄然としたまま今と何一つ変われないのだろう。そんなことを思いながら俺が旦那の視線の先を追うと、青い空で棚引く雲が白く白く輝いていた。
 「いや、…。この空は、伊達殿のいらっしゃる場所まで続いているのかと思ってな」
 旦那の答えに俺は返事に窮してしまって、口を噤んだ。何かを言いたいのだけれど、かける言葉が見付からない。
 言いあぐねる俺に、旦那が言った。
 「最近は、気が付くと伊達殿のことばかり考えてしまう。…全く俺らしくないな。」
 自嘲気味に笑うでもなく、快活に言うでもなく、それは事実のみを告げる淡々とした口調だった。
 「それって、」
 口をついて出た俺の言葉に、旦那がふっと俺を見た。
 言って良いのかわからず、言ってしまえば全てが変わってしまう気がして、俺は続けようとした言葉を飲んだ。酷く口の中が渇いた。旦那の透き通った瞳が、その中に宿る志が、遠い彼の地に行ってしまいそうで怖い。でもその瞳の明度が更に増し、更に輝きそうで嬉しい。相反する思いの中、俺は口を閉ざし、唾を飲んだ。
 その世界に、果たして、俺の身の置き場はあるのだろうか。
 不安と期待に高鳴る胸に落ち着けと命令して、俺は旦那の瞳を正面から見据え、世界が変わる瞬間に身構えた。
 「それって、恋だと思います。」










初掲載 2006年5月17日
改訂 2007年9月18日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま