今まで光秀は数え切れないほど不幸だと言われてきたし、同時に可哀相だとも言われ続けてきた。
織田勢力内で光秀の味方寄りである従兄弟の濃姫でさえも、多分に光秀に対して同情的な接し方だったので、光秀は自分がどうしようもなく不幸で可哀相でそれゆえに同情される立場にあるのだろうと思っていた。
軽い、けれどかなり周囲からしてみればしんどい思い違いだったが、幸か不幸か光秀は気付いていなかった。
ある日とうとう呆れたように、縁側で信長に頂戴した金平糖を陽光に透かしていた蘭丸が、頭蓋骨を宝玉か何かのように丁寧に拭いている光秀に言った。
「…お前、不幸な奴だよな。」
「そうですか?」
「うん、可哀相な奴だよ。本当。本気で。」
「そうですか。」
言葉を額面どおりそのまま受け取ることしか出来ない光秀は、まさか、蘭丸の意味する不幸と可哀相と同情の意味が光秀の受け止めたものと違うことに気付けない。
そういえば光秀はアルビノだから、白髪だし瞳の色も赤いし肌の色も青白い。友達といえば烏しかいない。今は何だか可哀相なものを見る目で光秀を見ている年下の蘭丸にも、普段は苛められているし。
(ああ、私は不幸なんでしょうかねえ。)
なんて、光秀は思って溜め息を吐いた。溜め息を吐いたのは悲しかったからではなく、ただこの状況には溜め息が似合うかなあと思ったからだ。真昼の縁側で吐かれた溜め息に、蘭丸が酷く嫌そうな顔をした。空気がどんより濁ったように沈んだからだ。
「お前、溜め息吐くんじゃねえよ。空気が重くなるだろ。」
「ああ、すみません。」
飛ぶ鳥が落ちた。草木は枯れた。空が黒雲で覆われた。
蘭丸は頑丈だったし慣れたものだったが、それでも一転した風景に、光秀はペコペコ頭を下げるのだった。
(ああ、私は不幸なんでしょうねえ。)
なんて思いながら。
しかしどうも最近、様子が違うのである。
近頃専ら、不幸で可哀相だ、と同情を寄せられるのは、光秀の唯一の友人で親友でいっそ光秀的には心の友と書いて「しんゆう」と読ませたい政宗なのだ。心友呼びは、政宗に止められて叶っていないが。
心の優しい濃姫は勿論のこと前田夫妻はおろか信長や蘭丸、謀反を起こして独立してしまった豊臣勢や、全然政宗に関係ないはずの諸国の戦国大名たちまで政宗を不幸で可哀相だと評するのだった。光秀はびっくりした。
「流石伊達男。全てが世界規模ということですか。」
「ああ、いや、まあ、うん。違えけど、もう良いやそれで。」
しかも、政宗が不幸で可哀相だと言われ始めてから、光秀はそれらの言葉をかけられた覚えがない。まるで政宗が全て引き受けてくれたように。
「貴方は私の幸運の女神ですよ。女神…男神ですかね。この場合。」
「そう言うお前は、俺の…、…神だよ。」
貧乏という冠詞は済んでのところで飲み込んで、政宗は無理矢理笑った。
だって、この世の中には言ってもどうしようもならないことはあるのだ。むしろ、口にしたら現実で確定しそうで怖いことの方が多い。
「まあ、うん。しょうがねえよな、うん、俺がしっかりしねえと。そもそも1での会話やEDなんかが悪かった訳だし。2が出て3が製作中の今更になって、1の内容を変えることも出来ねえし。うん。俺がしっかりしねえと。」
「?よくわかりませんが、そうですか。」
ブツブツ何かに憑かれたように遠い目をして呟き始めた政宗に、よくわからないながらも光秀は頷いた。
実際問題何がどうなっているかなんて、世俗や自分に向けられる他人の評価に全く興味がない光秀にはわからない。だって興味がないのだから、知りようがない。そういう意味で光秀は幸せで、間違いなく政宗は不幸だった。
誰か言うべきだったのだ。政宗は、あなたに何だかよくわからないけど懐かれてるから、不幸で可哀相で、だからこそ同情されてるんですよ、と。
けれど、誰も彼もが光秀のことを政宗とは違った意味で不幸で可哀相で同情すべき存在だと思っていたから、告げることは出来なかった。あの、生粋のサディストである蘭丸や元就でさえ。
そういう訳で、光秀はまだ自分が不幸で可哀相で同情されていた理由も、政宗が不幸で可哀相だと同情される理由も知らないままなのだ。
初掲載 2006年11月29日